稲 垣: 皆さん、今日は。小林正弥さん達と一緒に、公共哲学というムーブメントを今進めております。哲学運動でありまして同時に実践を非常に強調するという特徴があり、私自身もキリスト者として、特に平和ということに関しては、地道に続けているつもりであります。

 

今日の発題は、「スピリチュリティと平和」ということで、スピリチュアリティというものをどう定義するか、とかそういうことについてはもうすでにお話がありましたし、キリスト教の側から一言だけ付け加えます。

 

そうですね、「神は霊である」という言葉がありますけれども、皆さんキリスト教の聖典、聖書をお読みになったことがあると思います。創世記の第一章一節から、すでに、「神がはじめに天と地をつくった、そして神の霊が水の面を覆っていた」という、神の霊(スピリット)という言葉がすぐに出てきますね。

 

それから創世記の第二章になりますと、塵から人間をつくる。そのときに、神が息を吹き込んで、人が生きたものになった。アダムというわけです。

ですから神の息、ヘブル語でルアハというのですけれども、神の命そのものを吹き込まれて人は生きたものになった。英語でいいますと、ルアハはスピリットになりますが、そういう意味では、霊は人の命そのものというふうになります。こうして、スピリチュアリティ(霊性)という言葉は、ユダヤ・キリスト教ではもっとも大事な言葉です。特にキリスト教では、新約聖書がありますから、その新約聖書の中でイエス・キリストの活動を、表現するときに、たとえば、平和をつくりだすとか、隣人を愛するとか、他者に対して寛容であるとか、自己節制をしなさいとか、そういう教えの根本にあるのは、やはり、霊、スピリチュアリティの問題なのですね。特に聖霊と呼んでいます。キリスト教の神は父・子・聖霊なる三位一体の神というわけです。

 

そういう意味で、スピリチュアリティそのものは、キリスト教の宗教的な本質というふうにいえると思います。

 

第一番目にレジメの所で書いたのですが、「非暴力抵抗の歴史から」というレジメをご覧ください。

 

スピリチュアリティが、公ではなく、公共に働くことが大切。公と公共は区別しなければならない。公というのは先程お話にもありましたように、国家レベルとか政府レベルという意味で使われてしまいますと、たとえば国家的霊性なり、国民精神となる。ドイツ語でフォルクスガイストという言葉がありますけれども、ガイストというのは日本語でいうと霊ということになるでしょう。ですから民族霊とか、国家霊となると、それはいわゆるナショナリズムそのものの本性になっていく。こういう意味で、非常にこれは危険性をも持っているというふうに思います。

 

 

ですから国家レベルで霊が働くということではない。あくまでも、個人個人、一人ひとりの命を生かす、そのレベルで霊が働く。キリスト教の解釈もそうであります。そういう意味では、国家ではなく市民社会、私たち一人ひとり下から上へとつくりあげていく、それぞれの多様性を重んじる、そういうレベルでスピリチュアリティというものが働いて、それで、平和を実現していくのだと、そういうふうに理解したいと思っております。

 

キリスト教の歴史というのは、長い歴史があります。大きく分けて二つの伝統があると思います。ひとつは東方教会、もうひとつは西方教会です。東方教会というのは、たとえばロシア正教とか、ギリシャ正教のそういう流れが、東方教会の伝統です。

 

それに対して西方教会というのは、中世ぐらいまではいわゆる、ローマカトリック教会と呼ばれていた、西側の教会の伝統ですね。その流れの中から十六世紀に宗教改革が起こりまして、プロテスタントというグループが生じてきております。ですから大きくわけて三つくらいの伝統が多分キリスト教にはある。東方正教会とローマカトリックとそこから分かれてきたプロテスタント。

 

私自身はプロテスタントの信者でありますけれども、二番目に書いたのは、その3つの流れの中の、一人ひとりをここに選び、そして平和との関係で大きな働きをしているということの流れを、ここにリストアップしました。

 

アッシジのフランチェスコ、それからマーティン・ルーサー・キング、そしてドストエフスキーの『悪霊』というふうに書きました。そのドストエフスキーは、ロシア正教会、いわばロシアの国民性を規定している、そういうグループの中で、小説を書き、いろんな思想を表現しました。19世紀おわりくらい、彼の小説の中で、『悪霊』という面白い小説があるのですけれど、これは、霊の働きが非常にネガティブに、否定的にいわゆる革命として、暴力として発揮されるとどうなるかということで書かれた小説です。

 

もともと、ルカの福音書の8章に出てきます、「悪霊に憑かれた男」という物語がありますけれど、それを題材にし、これからのメタファーとしてこの小説が書かれているというのは大変面白いと思います。

 

ですから、霊の働きというのはこういうふうに非常に否定的に暴力的に働くこともある。それがカルトの運動のようになって、また国家レベルになるとさっき言ったように、ナショナリズムと結託して、様々な戦争を起こす。戦争に人々に駆り立てていく、そういう働きともなってしまうということに注意しないといけないと思います。

 

私が今日取り上げたいのは、二番目の、マーティン・ルーサー・キングのことであります。キングは、よく知られていますように、アメリカの黒人、公民権運動の中心におられた人ですね、バプティスト派の牧師でありました。

 

1955年12月5日、アラバマ州モンゴメリ市の黒人教会で彼が演説したものをそこにコピーとしてつけました。この事件を少し今、事例研究として私はここでこれからキングのことを話していきたいのですが、時系列に追っていきたいと思います。

 

どういう事件だったかというと、白人席に座った黒人女性ローザ・パークスが席を立たなかった事件。そして4日後に、バスボイコット運動というのが始まりました。その初日に、ルーサー・キングはある教会で演説をいたしました。

 

次のところにコピーをつけておきました。①とありますが、こういうことを言っています。「われわれは間違っていません。われわれがやっていることは間違っていないのです。もし、われわれが間違っているとしたら、この国の最高裁判所が間違っていることになるのです。もし、われわれが間違っているとしたら、合衆国の憲法が間違っていることになるのです。もし、われわれが間違っているとしたら、全能なる神が間違っていることになるのです。もし、われわれが間違っているとしたら、ナザレのイエスは単なる空想家ということになって、地上には来られなかったことになるのです。だからわれわれはここモンゴメリーで正義が洪水のように、恵みの雨が大河のように流れるまで、戦いぬくことを決断したのです。ところで、私は、我々すべての行動において団結しなければならないと申し上げたい。」云々。

 

この、団結という言葉ですね。霊性のひとつの働きは、他者とともに、平和を保ち寛容に扱い、他者と協力する、団結していく。連帯していく。もしこれが無い、失われてしまうと、やはり、霊が破壊されると、分断したり、敵対したり、そういうふうにグループがちりぢりばらばらになってしまう。ということにもなると思います。

 

1963年アラバマ州バーミングハムでのシットイン(sit in) 、座り込み運動ですね。それやフリーダムライダーズ運動と、デモとの特徴は、singing、歌うこと。で、霊の働きのひとつに、芸術活動がありますけれども、特に、この公民権運動のところでその働きが顕著に出てきたのは、黒人霊歌を歌う。ニグロ・スピリチュアルですね。それを歌いながら彼らがデモ行進をしたり、座り込みをしたり、そういうふうにして抵抗運動をしている。

 

ただしその抵抗運動は、いわゆる非暴力であります。マーティン・ルーサー・キングの、非暴力抵抗運動というのは、彼自身が非常に影響力を受けたインドのガンジーの精神を、彼自身が引き継いで、そして、断じて暴力を使ってはいけない。というふうに人々に説いたわけでありました。

 

この運動の十戒と言われるものが、1963年の運動の中に出されました。

一、日ごとにイエスと生涯について瞑想せよ。イエスの教えについて、特に平和ということで思い出すのは、例の山上の説教ですね。マタイの5章に出てきますけれど、「平和を造りだすものは幸いである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。」そういう言葉ですね。

 

それから二番、バーミンガムにおける非暴力運動は、正義と和解を求めるものであって決して勝利を求めるものではないことをつねにおぼえよ。正義と和解を求めるものである。スピリチュアルな、抵抗運動というのは、勝利、勝利というふうにして、自分を主張するものであるよりも、むしろ正義とそして互いの間の和解を求める運動なのだということであります。

三、愛の精神で歩き、かつ語れ。なぜなら神は愛であるから。

四、万人が自由になるために、神に用いられるよう日ごとに祈れ。

五、万人が自由になるために、個人的願望は捨てよ。

六、味方だけでなく敵に対しても普通の礼儀作法を守れ。

七、他者と世界のためにたえず奉仕するようにつとめよ。 

八、こぶしと舌と心の暴力を抑えよ。

九、精神と身体の健康を保て。

十、運動とデモの指揮者の指示に従え。

 

さて、運動が進んで行きまして、1963年になりました。4月16日、バーミンガムの獄中からの手紙。次の②という資料ですが、デモの最中に警官に拘束されまして、5日間でありましたけれども、やはり懲役刑を言いわたされ、牢獄に入れられる。そこから手紙を書いた。その内容です。

 

図2の所ですが、「しかしもっと根本的に私がバーミンガムに居るのは、ここに不正義が存在するからです。ちょうど紀元前8世紀の預言者たちが自分たちの村落を離れて、主はこう言われるというメッセージを、故郷の境をはるかに超えたところまで携えていったように」、云々というふうにあります。どうぞ、後でお読みください。

 

次に1963年8月28日、仕事と自由のためのワシントン大行進、25万人の前で演説をした。この演説が、③ですが、これは大変有名な、I have a dream. 私には夢がある。よく引用される演説でありますが、例えば、「私は夢を持っています。それはいつの日かこの国が立ち上がってその信条の真の意義、われらは以下の真理を自然なものして承認する、すなわちすべての人は平等につくられ、」云々。これはアメリカの独立宣言ですけれど、200年たっても、実際は平等ではなくて、黒人と白人の間に、非常に差別があった。というのがこの公民権運動のスタートでありました。

 

それから67年4月4日、ニューヨークの教会で、ベトナム反戦運動に、挺身していきます。

④、ベトナムを越えて。ちょうどベトナム戦争は1965年の2月に始まり、米国が北ベトナムの爆撃を開始するわけですね。で、公民権運動がいったん収束した後に、今度は反戦運動へとそのままキングは人々をリードしていく。

 

神の子であり互いに兄弟であることへのわれわれの証明は、人種、国家、信条への証明を超えて、とあります。

いよいよ1968年4月3日、テネシー州メンフィスで最後の講演をします。「私は山頂に上っていた。」これが⑤ですね。

 

その翌日ですが、4月4日に狙撃されて、病院に運ばれ、すぐに死亡する。その一週間後に、彼自身が願ってやまなかった、1968年、「公民権法」というのが米国議会を通過し、白人黒人の差別というものは、法的には一応、撤廃されていくということになります。そして6か月後には、米軍の国爆も停止される。

 

で結局、非暴力抵抗主義のもつ意味というのは、これは、抵抗はする。しかし、暴力は使わない。友愛と正義と和解をその目的としている。

 

最後に、アッシジのフランチェスコが書いた祈り。実は、フランチェスコが書いたのではないのですけれども、今に至るまで祈られている祈りを読んで終わりにしたいと思います。最後のところにコピーがついております。フランチェスコの平和の祈り。

 

ああ主よ、私をあなたの平和の道具としてください。私を憎しみのある所に愛をもたらすものとしてください。争いのあるところに許しを、分裂のあるところに、一致をもたらすものとしてください。私に、理解されることよりも理解することを、愛されることよりも愛することを求めさせてください。私たちは、自ら与えるので受け、許すので許され、自分の身を捨てて死ぬので、永遠の生命を得るのです。

以上です。

 

会 場: (拍手)

 

小林(正弥): ありがとうございます。

 

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