次は、島薗進先生です。島薗先生も私たちのメーリングリストで積極的に発言していただいています。

 

島 薗: 皆様こんにちは。小林先生と付き合ってよかったなあというふうに思って、こういう会に来させて頂きました。そしてこちらに居ますと10cm位少し高いもので、大体、どういう方がいらっしゃるかなと見ているのですけれども、本当に老若男女というか色々な世代の方がおられて、そのこと自体が非常に意義のあることだなと思っております。ここに居る人はいろんな人がいるのですが、宗教というと色々な立場の人が居る。

 

私は何教でもないというか、典型的な日本人みたいな人なんです。ですが、ここに並んでいる人にはある共通点があって、大体、世代が近いんですね。実は、この黄色い紙の中に生まれた年が書いてあります。(会場:笑)実は、小林さんだけちょっと、がたっと若いのですけれど、そういうふうに見えないかもしれません。それはそうとしまして、どうしてこういう話から始めたかというとですね、私が、平和ということを、本気でそのために何かしたいと思ったのは、1970年頃で、いわゆる学園紛争、それからベトナム反戦運動の頃でした。その頃を考えると、スピリチュアリティというのは、あまり無かった、60年代のおわりから70年代の初め、日本ではそういう話はあまり出なかった。

 

それで、北ヨーロッパでは、フランスのパリの5月革命とか、チェコでは「プラハの春」、人間の顔をした社会主義、中国では毛沢東革命で、今からは、何であんなものに憧れたのだということになるかもしれませんが、中国は希望の星みたいな感じがありました。その中にもあまり宗教はなく、むしろ社会主義がまだ元気が良かった。

 

それがしかし変わってきましたと思います。その頃そういうふうに、色んな有名になった人がいるのですが、その後でもまだ今から見ても有名で良かったなあと思うのは、ゲバラがいますね。ゲバラは、この間、伝記の映画を見ましたけれど、社会主義、共産主義者なのですが、何かやはり自分を捧げている。そしてそれが、すごく明るいものをみんなに与えている。

 

ですから、ゲバラ自身が決してそんなことはやらないかもしれませんけれど、何かとてもスピリチュアルな感じのある人だなという気がします。その少し後になって、それこそビートルズが大人気でしたが、ジョン・レノンのような人のスピリチュアルな、イマジンなんていう歌が出てきます。イマジンは何年でしょうかね、(客席:70年。)はい、70年。ちょうどその頃が境目ですね。私はその頃、学生をやっていまして、それこそ、マルクスとかマックス・ウエバーとか、そういうもので、社会を変えるんだということでやってきて、それで運動みたいな感じになってきたのですが、大変悲惨な状態になったという記憶があります。

 

それこそ、内ゲバとかですね、それから自殺をしてしまう友達とか、大学解体なんて言ってましたから、私自身もそこに混乱しまして、その時に思ったことのひとつは、そういう理想を自分は唱えているけれど、自分の中に何があるだろうと考えたときに、非常に寂しい思いがしまして、それでそういう思想を研究する、勉強するというよりは、宗教に学ぶというか、そういう方のことがやりたいと思った。

 

でも、特定の宗教には関わらないで、宗教には距離をおいて、いつもいました。それで、色んなものを見ているんですね、いわゆる、研究としては宗教学をやっているのですが、今、稲垣さんの話を聴いて思ったのですが、私はいろんな教会とかいろんな宗教施設を見て、その隅で座っているということが好きなのですが、本当に素晴らしいと思ったのは、アフリカン・アメリカンの教会ですね。

 

皆さん、スピリチュアル(黒人霊歌)の音楽がいかに素晴らしいかということは、ご存知だと思いますが、教会ですね、それもあまり公開されていない、小さな教会へ行きますと、本当にそこに、癒される霊が満ち満ちている。しかも、笑いがあり。私は図々しいのでですね、テープレコーダを持ってきていすの横に置いておいたら、横の子供が、アフリカアメリカンの子供ですが、そのテープを持って自分で遊びだしたので、持って行かれるんじゃないかと心配したのですけれど、そのうちころっと寝てしまいました。しかし周りは、みんなわんわん、わんわんやっているんですね。熱気にあふれて、何かしゃべれば必ず相槌が返ってくるんですね。God bless you!とか、ハレルヤとか。そういうものは、もし遠くから見ていたら、ああ、危ないのかな、とか、こんなに夢中になって、時には、トランス状態ですね、意識が変わってしまう。preacherも、着ていたものを投げ捨てて叫んだりしてやっています。

 

しかしそういうものが、スピリチュアリティのひとつの本来的なものではないかというのが、私の考え方です。ですから、そういう危ないということが、今、小林さんたちから出ているのですけれども、オウムの事件を経た後でこういうことを言うのは中々つらいものがありますが、スピリチュアリティは危なくて当然だ。それから、でも、どんな思想も、どこか危ないものと紙一重なんじゃないかなあという気がしています。そういうことに気をつけながら、しかし、やはり広く協力するということが、すごく大事だと思っています。

 

そこに書きましたのですが、去年、富士山の麓で、World Peace and Prayer’s Dayという集まりがありました。ネイティブアメリカンの平和運動のリーダーが来られて、世界中の、先住民の方々と連携をしながら、平和のことを祈っている。非常に心の清らかになるような一日を過ごしたのですけれど、そこにたくさんの方が集まっていらっしゃいました。こういう集まりで、日本の中でこんなにたくさん人が集まるのかという気がいたしました。

 

というのは、1970年代の終わりごろに、その頃から、もう宗教の時代は終わった。スピリチュアリティの時代だ。というふうな、精神世界という言葉が出てきたのでけれども、本当にマイノリティだった。若い人が少しそういうものに興味を持っていた。それがどんどん大きくなって、2000年、2004年には本当に大きな渦になった。そういうことです。地に足が着いたというか、老若男女、あらゆる人たちにそういうスピリチュアルなものを感じて、これは、私が1970年のあとに感じた、何かそういう、学問をやったり、世界や社会を変革してやろうという、そういうのでは足りない、まず自分の中に何か確かなものがなくちゃいけない、という感じが広がってきたんだなあと、そういうふうに思っています。

 

それでしかし、これは世界的に、そうしますとそれは、個人主義的になってくると思うんです。自分自身を確かめる、自分らしさを大事にする。そして、いわゆる宗教団体のように、組織をつくったり、教義で身を固めたりとか、それはおかしいんじゃないか。その直感にすごく共鳴しながらですね、しかし世界はどうだろうとみてくると、やはり宗教というものが、スピリチュアリティの根っことして、とても大きいのだと思うんですね、それは日本の中でもやっぱりそうです。それで、そういうことを考えると、本当に広くスピリチュアリティの輪を広げて行くためには、現在の新しいスピリチュアリティのスタイル、グローバルな広がりをもっていると思いますし、一種のコスモポリタンな感じもあるし、それと同時に、文明が分かれてしまう前の、先住民的な文化を中心としながらみんながつながっていける、そういうような感覚を持っている、そういうふうな、新しいスピリチュアリティと、宗教団体がもっている、やや堅苦しい、それぞれ危険があるといえば危険があるんです。そういうものが協力できたらどうかなと。

 

で、そこにWCRPというのを書きました。これは、World Conference of Religion and Peace。世界宗教者平和会議といいます。これは日本の神道、仏教、キリスト教、それから新宗教など、非常に多くの団体が加盟しています。世界で最も大きな宗教団体の連合的な平和運動組織といってもいいかもしれません。これが始まるのはしかし日本から始まったんです。

 

それで、どうしてこういうものが日本から始まったのかというとですね、戦前から日本は宗教が協力するような地盤がある。何のために協力するかというと、お国のために協力していたという伝統がある。だけども、お国のためなのだけれどもしかし、壁を超える、国の中では壁を超えるという伝統があって、これが戦後になると、もう、お国のためではなくなってきた。そして、世界に自分たちのやり方を伝えながら、新しい連帯を作ってきた、その過程ですごくたくさんのことを学んだ。と、そういうことがあります。

 

そういうふうな、これは組織を中心としたものなのですが、そういう運動と、個人を中心とした運動が、どうやったら連携ができるだろう。いろんな多様性が必要なのですね。多様なものが共にあるということ自身が平和で、場合によってはお互いが非常に理解できない、そういうようなものも納得しあう。そういうことが、多様な立場の人々が齟齬を来しながら和解し合うということ自身が、平和の内実ではないか、個々人が平和な気持ちをもつ。たくさんの人が同時に平和な気持ちがもてるように、違ったままで、というふうなことが、いま求められているのではないだろうかと考えております。

 

会 場: (拍手)

 

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