Archive for the ‘第一回目活動記録’ Category

上 村: 比嘉さんどうもありがとうございました。

この二部のパネル・ディスカッションですが、スピリチュアルな実践を行っている方ばかりということで、ぜひここで色々知りたいのですが、そもそもスピリチュアリティとは一体何なのか、あるいはスピリチュアルを実践するとか、スピリチュアルに生きるというのはいったい何なのか、それと実際に平和を実現していくというのはどういう関係があるのか、というあたりを深めていきたいのですが、まずは、どうでしょう。お互いにお話を聴きあって、もし感じて言いたいことがあれば、そのことも含めて、最初のテーマ、スピリチュアリティとは一体何ですか?あるいはその生き方や実践はどうして大事なのか?というあたりをお聞きできればと思うのですが、どうでしょうか。

はい、では、星川さん。

 

星 川: 答えになるとしたら、僕は一言で、スピリチュアルであることは自然であることだと思います。日本語ですと、外に見えている木とか海とか山とかを自然と呼びますが、それは一面的です。自分自身の中の内なる自然も、外なる自然と皮膚一枚ごしにつながっていて、内と外の両方の自然を大事にしていくこと、もっと言えば、内と外の自然は一つだと理解することがスピリチュアリティの本質ではないでしょうか。

 

今までのお話を聞いていて思ったこと、特に第一部のお話を聞いていて思ったことが2つあります。一つは、いいお話をたくさん伺ったのですが、どれも昔から語られてきたことばかりで、必ずしも今現在この瞬間のこの地球、この世界に通用するとは限らないのではないかという疑問です。これは、いつも自分自身に問いかけている疑問でもあります。

 

というのは、たとえば日本では60年前にああいう戦争をしましたけれど、そのときも仏教もありキリスト教もあり神道もあり、みな素晴らしい方々がそれぞれの信ずるところを教え広めていたにもかかわらず、ああいう事態を引き起こしてしまった。僕自身は、この宇宙はこの瞬間瞬間、まったく新しい先端にいるので、これまでのことは参考にはなっても頼りにはならないと思っているんです。先ほどお話ししたように、疑うことがとても大切で、今何が必要かというのは、後ろ向きではなく、本当にクリエイティブに、創造的に考えなければわからないのではないでしょうか。

 

それからもう一つは、自我とかエゴ、自己というもの、色々とお話が出ましたけれど、僕自身はこれまで40年くらいそういうことを考えてきて、そんなに気にしなくていいと思っています。そんな大したことではい。自己とは、一つの人間が持っている感覚で世界に向き合ったとき、自然にそういうふうに見えるものであって、それを消すとか落とすとか小さくするとか、がんばればがんばるほど余計おかしくなる。「ディープエコロジー」という考え方を聞いたことがあると思いますが、むしろ自己を拡げていく、世界全体を自己とするというふうなアプローチのほうが納得できます。

 

自己、自我とは何か――僕が自分なりに得た理解をご紹介します。セルロイドの下敷きとか、ステンレスの表面みたいなもの、細かい無数の傷があるような表面を想像してみてください。その向こう側にライトのような光源がある場合こちらからその表面に映して光源を見ると、ちょうどそこに同心円のようなパターンが見えます。

 

それは、たまたま自分の目と反射面と光源が作る関係から生ずる知覚にすぎません。錯覚というのとは違って、はっきりそう見えるんですね。まったくきれいな同心円です。自我とか自己って、ちょうどそれと同じじゃないかと思うんです。ちょっと角度を変えれば、また違うところに同心円が見える。表面の無数の傷から、同心円状のパターンを拾って見ているわけです。それは錯覚ではないし、消そうと思って一生懸命になる必要もない。それはそういうものだと知ってさえいたら、そんなにこだわらなくていい。無理やりがんばって、こだわって、悪いものだから消さなくちゃいけないと力む必要はないし、害を及ぼすようなものでもないでしょう。

 

上 村: はい、ありがとうございました。深い話が出てきましたけれど、他にはいかがでしょうか。

では辰巳さん。

 

辰 巳: スピリチュアリティという言葉を今までは使いたくなくて、むしろ使ってこなかった言葉なのですけれど、スピリチュアリティというものを、つながりあう命の中で、つながりあう関係のなかで、命が生かされている、そういう基盤があってこそ考えられるものではないかと思うのです。またスピリチュアルに生きるということは、何も特別なことではなくて、あるいは遠い所に存在するというようなものではなくて、本当に身近に、足元にあるし、スピリチュアリティのスも言わなければ、平和のへも言わなくても、そういうことを何も口に出さなくても、非常に精神性高くスピリチュアルに生きていらっしゃる方はたくさんいらっしゃると私は思うんですね。

 

この間友人から聴いた話ですが、ある山の中で、おばあちゃんが一人で住んでいて、誰の力も借りずに、90歳になる今も畑仕事をして暮らしてらっしゃる。その方にインタビュアが尋ねたそうです。「そうやって90歳になっても、こうやって、働いて、すばらしいですね。」というと、そのおばあちゃんはなにげもないふうに、「だって働いて生きるって当たり前のことじゃろ。」って答えられたそうです。

そのおばあちゃんは連れ合いの方に先立たれ、ご自分も山の畑作業ができなくなってきて、山を拓いて耕した畑をせめて花の山に戻して御返ししようとされているのだそうです。山と共に暮らし、自給自足に近い暮らしをされてきたおばあちゃんのあり方に、わたしはとってもスピリチュアルなものを感じました。

 

スピリチュアルという言葉が特別なことのように思われてしまいがちなのだけれども、あるいは予言という言葉にしても、先日このようなことがありました。実はテレビ朝日のある番組のディレクターの方から電話があって、ビートたけしさんの「超常現象」という番組の中でホピの予言の映像を使わせてくれないかという話があったのですが、それがどういう目的で、主旨で番組にされるのか、それがわからないと使って頂けないですし、超常現象とタイトルの番組で安易に使われてしまうと、予言を超常現象と捉えられてしまう恐れがあります。そうすると私たちのやっている主旨とまったく違った方向になってしまうので、お断りしました。予言は事の道理を予め私たちに教えてくれているものと私は考えています。

 

それからさっき、自分を明け渡す、という言葉を使ったのですが、真の自分に生きて、自立して生きることもスピリチュアルに通じることと思います。自分だけでは生きられないのですから、必ずつながりの中で生かされている、そういうことが自ずと分かっていくだろうなと思いますし、ネイティブの人たちはそういうことをよくよく知っている人たちだなということを感じてきました。

 

上 村: はい、ありがとうございます。明け渡す、明け渡さないというせめぎ合いみたいなお話もありましたけれど、いかがでしょうか。この辺り、第一ラウンドというか、それぞれのお話を聴いて思ったこととか、スピリチュアリティとは何かとか、或いは、例えば、スピリチュアルに生きなくてはいけないんでしょうか。その辺りはどうでしょうか。

 

山 川: 人は好きなように生きればいいと思うのですけれど、スピリチュアリティというのは、自分が宇宙の一部である、神の一部であると知り、そしてすべてがつながるという感覚がどこかで生まれたときに、自分の人生をすごく大事にしていくということだと思います。それも自分の人生だけではなく周りにあるものを少しでも大事にするようになると思うのですね。そうすると生き方が一瞬一瞬に集中してくるし、食べ物ひとつとってもちょっとづつ考えが深まっていく、思いが深まっていくということではないかと思うのです。

 

それも、一人ひとりのやり方があって自分の好きなやり方でやっていけばいいのです。私はお水のことを考えたいと思ったら、お水を汚さないということにフォーカスしていくという感じです。普通に生きるということを私たち忘れてしまったので、それを少しづついま、思い出しているように思います。それが私のプロセスであったし、今も一緒懸命考えていることではないかと思っています。

 

上 村: はい。ほか、どうでしょう。例えばじゃあ、他の人からもさっき質問があったのですが、スピリチュアリティってなるほど何となくわかるような気がするし、大事だし、スピリチュアルに生きたいなと思う方がもしかするとここには多くいらっしゃるかと思うのですが、そういうことは全く考えもしないし、怪しいし、それにそういうことを全く考えていない人が今の政治や権力をにぎっているという質問があったんですが、そんな中で、このスピリチュアルな考え、実践、生き方、どういうふうに広まっていったらいいのかという辺りを、再度お聴きしてみたいなと感じましたが、いかがでしょうか。

 

星 川: それとは少し違うかもしれませんが、70年代、80年代に、スピリチュアリティに関わる人たちの間で、「闘わないことがスピリチュアルだ」とか、「対立しないことがスピリチュアルだ」という説をよく聴くようになりました。

 

僕はそれは違うと思う。楽しく、仲良く、いわゆる表面的な平和を乱さないことがスピリチュアルなのではなくて、本当に自分自身でありきること、それから本当に自分が感じること、考えることをきちんと追求すること。そして、間違っていると感じることは間違っていると主張して、必要であれば対立もする。勇気をもって対立して、もちろん暴力は否定しますが、色々な形の闘いも必要なんです、この世界には。

 

そうして、自然であろうとする。自然であるものを曲げようとか、壊そうとする力が働くときには、「待て」とそれを止めなくちゃいけない場合もたくさんあります。破壊の力をストップしようとすれば摩擦が起こりますが、その摩擦を恐れずに行動する勇気みたいなものも、スピリチュアリティのすごく大事な要素だと思います。ですから、一般にスピリチュアルというと誤解があって、ふんにゃり柔らかいものではないと思います。

 

山 川: えーと私は割とそのふにゃっとした方をやっている方なんですけれど、(会場:笑)でも例えば石垣島に新飛行場ができそうになったとき、私の友達の山田征さんという方が神様の啓示を頂いて、あそこはニライカナイという聖地なので、絶対に飛行場を作ってはいけないということで、当時の社会党などと組んで反対運動を起こし、空港建設を阻止しているのですね。これは本当にスピリチュアルな行動だったと、私は思っています。

でもそういうことは、いろいろな形で誰にも起こり得ることだと思います。私たちもふにゃふにゃしているみたいですけれど、時々、『アウト・オン・ア・リム』のような本を訳したりしたら、すごく叩かれませんでしたかって聞かれるのです。

 

実際、シャーリー・マクレーンは、『アウト・オン・ア・リム』を書いたばっかりに、アメリカでものすごく叩かれたのですね。宗教関係の人の怒りを買い、論理的な思考しかできない人からは茶化されたりと、ひどい目にあっているのですけれども、でも勇気を持ってひるまずに次々に本を書いてゆきました。私たちは幸い、あまり叩かれた記憶はないのですが、それまでの自分を捨ててその世界に飛び込んでいるのです。夫は大蔵省をやめ、私もそれまでの仕事を全部やめ、一時は収入もあまりありませんでした。でも、自分たちで決心してやり始めました。というか、これしかない、という感じでした。実は、私はスピリチュアリティのこの世界に入るときに、神様と約束したのです。

 

それは、私はチャネリングといって神様からの啓示をもらいながらこの仕事をしてきたのですけれど、最終的には自分が悪魔だったとわかったとしても、自分がいま、正しいと思ったことはやります、神様のお言葉通りに働きます、そして、その結果は自分で引き受けます、という悲壮な決心をしていました。もしかするとその位の決心がなければ、やってはいけないことだったのかもしれない。ふわふわしているように見えるかもしれないけれど、自分の役割を知って、その中で学んでいったという意味では、私はきちんと自分の足場に立って、自分がやらなくてはいけない事をやってきたつもりです。

 

そして、もし町田に軍事基地を作りますなんて言うことになって、もう今実はそうなりそうなのですけれど、それの阻止運動をやりなさいという啓示が来たら、私はやるだろうと思います。でも幸か不幸かそのような啓示は来ないので、(会場笑い)皆様に任せています。

 

上 村: はい、ありがとうございます。

 

山 川: もう一ついいですか?沖縄に私は何回も行っているのですけれども、今度の戦争に関して、今年沖縄に行って、心から皆さんに謝ってきました。日本人の一人として、本土に住む一人として。

 

それは私にとっては、とても勇気の要ったことでした。でも、戦後60年をきりにして日本が新しい出発をするためには、私たち一人ひとりがこの戦争で自分たちがしたこと、たとえ自分が実際に行ったことではなくても、日本人がやったことを、色々な所に行って心から謝ることが、絶対にスピリチュアルな意味で必要なことではないかと思っています。

 

それを今まできちんと行ってこなかったために、日本は今おかしなことになっているのではないかと思うのです。心ある人が、戦争中にご迷惑をかけた場所に行って心から謝り、祈りをささげることがとても大切なのだと、私は初めて気づいたのです。本当にごめんなさいという気持ちです。

 

会 場: (拍手)

 

上 村: ありがとうございます。謝るということはすごく勇気が要ることだし、確かにスピリチュアルな平和運動という感じがしました。

 

話が今もう、スピリチュアリティと平和、あるいは平和との関係に既に入っているのですけれど、この辺りについて、どうでしょうか。

スピリチュアリティというのは平和運動の新たな核になり得るのか、あるいはなり得るとしたらどのように平和運動とか、平和の動きが変わっていくのか。

スピリチュアリティにもとづいた平和のありかた、平和の運動、世界平和の実現、というのは、どのようなイメージをもって、あるいはどのような形になっていくのでしょうか。どなたでもお願いします。

 

比 嘉: スピリチュアリティと平和というと、精神世界で平和をつくるということや、祈るだけでそこに平和をつくるというのは、まずあり得ないと思っているんです。やはり、祈りの中から、現実に実行へ移して、平和をつくることができるのだと思います。でも平和をつくるために大きな声を上げて、こぶしを振り上げてつくるようなものでもないですし、本当に平和を作るということは、人の内にある平和な心の中から、自分の家族、自分の愛する者を愛するように、人を愛する。自分の心を映し鏡にして、相手を思いやる。そういうことから始まると思います。

 

上 村: まず身近なところ、家族から、あるいは人を愛していくということ自体からですね。では星川さんお願いします。

 

星 川: 僕は車の両輪のようなものではないかと思います。車輪が二つでいいのかどうかはちょっとわかりませんが、とにかく平和を作っていくためには、片方で緻密な分析知みたいなものとか、国際情勢の観察とか批判といった理性の働きが必要です。つまり、一方では社会性をシャープに押さえなければいけない。そのためには、先程から私もお話ししましたし皆さんもおっしゃるように、やはり行動が研ぎ澄まされて、的確な行動を取らなければいけません。と同時に、もう一方の車輪として、そのバランスをとるように、自分の内なる自然を大切にすること、あるいは外なる自然との関係を改善すること、それから他の人々との関係にも心を配ることが必要です。一方で行動の車輪をきちんと回しながら、自分が精神的にどういう状態なのか、心のあり方がどうなのかというところでも、スピリチュアルな目でシャープに見ていて、そこでのバランスを崩さないことですね。第一部でも出ましたように、あまりに政治的・運動的なことに偏ってしまうと、暴力革命をめざしたあげく互いを殺し合うようなことになりかねないので、行動という外面のバランスをとる内面のスピリチュアリティが必要なのだと思います。

 

ただし、その二つは別々のものとして両輪の役割を果たさなくてはいけません。くっつきすぎると一輪になって倒れてしまうので、あくまでも別々で、両方のバランスが必要だろうという気がします。

 

上 村: はい、ありがとうございます。

 

辰 巳: 両輪というか二つのバランスという点で、平和運動の中のピースウォークについてお話します。私自身は平和運動をやっているというつもりがないのですが、私は最初にホピの予言の映画に出会って、アメリカにすぐに渡ったわけですけれども、その時にインディアンの人たちによる大地と命を癒すためのランニングがあることを知りました。

それで走るということが彼らにとって自分の肉体を大地に捧げ、自分の足音を鼓動を大地に響かせる、そういう人の祈りの行為であるというふうに聞いたものですから、それならば私にもできると、頭で考えるのではなくて、走るのが祈りであるのならばできるんじゃないかと思いまして、走り、それからピースウォークで歩いたんです。

 

最初60日間歩きまして、あと、イロコイ六カ国連合の中からサンフランシスコに、大陸横断のランニングで走ったのですけれど、その中で思うのは、走るということは、自分の肉体の痛みというものを超えていくわけですよね。

それで、自分の肉体の面での浄化といいますか、それもきれいにしていきながら、そして心もきれいにしていきながら、大地を感じ、自然を感じ、そうやっていく中で、自然とか大地とか風とかっていうものと呼応している自分の存在っていうものを感じていけるわけですね。

 

それが祈りであり、平和の祈りであるということにつながっているのですね。ですから平和運動という中で、ピースウォークというのが、言葉だけでいうのではなく、本当に自分のからだというものが自然と呼応しているのだということを感じることができ、あるいはまた自分の肉体を浄化していくという、二つの側面がそこで経験できるというか、そういうのにおいてはピースウォークというのはとてもいいんじゃないか、という気がしています。バランスが取れているのではないかと思います。

 

上 村: はい、ありがとうございます。山川さんお願いします。

 

山 川: 実は、私がスピリチュアルな世界に気づいたころ、世界の平和を実現することが私たちの目的であり、そのためにいちばん大切なことは、宇宙とつながることだと教えてもらいました。アレキサンダー・エベレットという人がアメリカにいまして、1085年に彼のワークショップに出たときに、

「15年後の21世紀が来るまでに、愛と平和の世界を作るのが私の目的です」と彼が言ったのです。それを聞いたときに、私は、ああ、自分の目的も同じだ、と思いました。

で、彼はどういうふうにしてそれを実現しようとしているかというと、人々に瞑想を教えて、宇宙と自分が一つだという体験をさせる。ようするに、スピリチュアルな目覚めをみんなに起こすことによってそれを実現しようというのが彼の運動だったのです。

 

突き詰めていくと私も同じことをやっているわけです。平和運動というと、デモをしたり、みんなと一緒に運動したりということを思い浮かべるかもしれません。それも一つかもしれませんが、ただ自分の中の平和を広げていく、すべての人とつながっている自分を感じるようになる、それからそういうスピリチュアルなメッセージを伝えていくことも、平和運動ではないかと思っています。そういう意味では私たちも平和運動をしているのではないかと思います。

 

そして、さっきも言ったように、耳を澄ましていけば、そのとき自分が何をやらなくてはならないか、必ずわかるのではないかと思うのですね。あるときは山田征さんのように、反対運動をして権力と戦うことも必要だと思います。

 

私はイラクの戦争が始まる前のデモに一回だけ行ったのですけれど、他の国では100万人くらい集まっているのに、日本で一番大きなデモでも5万人くらいで、ちょっとがっかりしたのを覚えています。デモがあればいいというわけでもないのですけれど、日本のイラク戦争に対する関心度はかなり低いのかなと思ってちょっとがっかりしました。そういう行動も時には大事ですが、やはり自分はすべてと一つなのだ、敵などいないということにみんなが気がついていくことが、とても大事だと思います。それがわかれば、自然と戦争などしなくなるからです。そして、自ずから平和運動もいい方向に向かうのではないかという風に私は考えています。

 

上 村: ありがとうございます。パネルディスカッション、もうあと一つの質問でフロアに移っていきたいのですけれど、本当にそれぞれの方が、辰巳さんの自分を明け渡すから始まり、星川淳さんの子供の頃から世界全体が終わってしまうという危機感をもっていたという話とかですね、山川さんの方からはあなたは誰?あなたは何?という問いに対して、自分があなたが宇宙自身だということを、あるいは魂の存在だということを悟っていったとか、比嘉さんにいたってはただ実践を、神人としてされているという中で、本当にスピリチュアルな実践をされているのですけれど、最後にお聞きしたいのですが、

さっきと似ているかもしれませんが角度を変えて、日本を見ているとあまりにも多くの人が余裕がない、忙しい。情報はたくさん、朝から晩まで仕事、そしてどうしても、今日もシンポジウムがあったりとかね。とにかく忙しくて、余裕がなくて、さっきの話とつながりますけれど、資本主義の中のお金とか色んなことに縛られてしまっている。こういうがんじがらめ、余裕がない中で、このスピリチュアルな実践を始めるためにはどうしたらいいのか。そのあたり、手がかりというか、どうしたらいいのでしょうか。

 

比 嘉: 沖縄では今も旧暦をすごく大事にしています。それで、沖縄のほうでは、行事というとすべて旧暦です。その時々の旬のものを食べたり、自然では、水、野菜、そういうものを旧暦の中では、最初に知ることができます。

祈りというものも当たり前のように日々の生活の中に活用していて、豊作を得られますように、栄えていきますように、家族が安全でありますようにと祈ります。そして水というものが、今は、水道がありすぐ蛇口を捻れば水が出せますが、昔は、瓶を持って、水を井戸まで汲みにいく。沖縄はとくに水には貧しい島でしたから、雨水を溜めたりもしていました。すごく、自然と生活全体が一つだったんですね。暮らし、生活のすべてが自然と密着していました。

 

そこの中で、本当に一人ひとりが自然の中で生きて、そこで互いが思い合っていて。2、3キロ離れた人たちが、ちょっとした怪我をしたら、すぐわかる。常に一人暮らしの人とか遠く離れた人を意識して、見守っている。怪我をしたらすぐ畑を手伝いに行ったり、台風のときには家を直し、協力していた。ですから、私の中では、自然と共にあるには、現代社会にこそ大事なのは、意識的に自然の中を知ること。その時どきの本当の自然を大切にしてゆけば、そんなに心の中で焦らなくても、食べ物はきちんとあるし、お金や物にこだわらなくても、豊かな心で生活ができると思うんです。

 

旧暦とか、自然の中で自然と共に暮らし、そこに一人ひとりが思いやりの中から力を合わせて協力していければ、現実に世界に平和な世界を、少しづつ創ってゆける、心の豊かさをも創っていけるのでは、と思います。

 

上 村: はい、ありがとうございます。

 

星 川: これは答えになるかわからないのですけれど、50半ばぐらいからすごく涙もろくなってしまって、よくわかるようになったのですが、涙はすごく大事だと思うんですね。どういう涙でも、本物の涙なんです。本当に悲しくてこぼれる涙、あるいは何かに共感して流す感激の涙でもいいんですけど、そういう涙は何かしら真実を表していて、同時に涙というのは色々なものをつないでいるんじゃないかなと感じるようになりました。涙を大切にすることが鍵かもしれません。今日はあまり先住民のことをお話しなかったのですが、北米のある部族の諺に「目に涙がなければ魂に虹は見えない」という言葉があります。世界の平和を求め、虹のようにすばらしい世界を願ったり実現したりするには、たくさんの涙を通っていかなければならないのでしょう。

 

上 村: ありがとうございます。

 

山 川: 深呼吸を一日一回でいいからしてください。私たちみんな呼吸をしていることを忘れていて、普段は呼吸がとても浅くなっています。だから深呼吸をできれば一日三回してくださいということ。それから、空を見上げてください。すごく大事なことだと思います。

 

上 村: それだったらできそうな気がします。ありがとうございます。(会場笑い)

 

辰 巳: ネイティブの人たちは、中々スケジュール、タイムテーブルどおりには動きません。英語でいうと、Let it happen、起こることに任せていく。そういうことの進み方をする人たちです。ですから起こっていくことに任せるということは、実際に起こっていくことは本当に私たちの人知を超えたようなことが実際には起こっていくなと私も常々思わされるのですけれど、そうして、起こっていること、今起こっていくこと、その、今、今、今、に生きてるということかな、と。

ただ、今の現実社会では、やはり制約という意味の時間というものがありますので、そういうわけにはいかないんですけれど、本当に今を生きる、起こることにまかせて任せていく、ということをわたしは取り戻したい。

 

それからホピというのは「平和」という意味なのですけれど、謙虚であるということ、忍耐強いということ、それから、やさしさ、ということ、それから、元々自分たちは一つの所から生まれた、ということ、そういうこと全てを含んで、平和とか平和に満ちた人々、と彼らは言っていると思います。

 

ですから、平和ということには、忍耐も大切であるし、謙虚さも必要であるということだと思いますので、それは、自分の足元でまさに実践できることですし、あと、よく最近はスローライフということが言われますが、このスローライフというのも、丁寧に接する、誠実に接する、それから自分の心地よいテンポで接するということも、スピリチュアリティにまさに通じていることだなと思います。

 

上 村: はい、ありがとうございます。何だか、心が痛いような言葉もありましたけれども。

さて、ようやく皆さんの番になりました。

 

参加者: 星川先生は屋久島に住んでおられて、自然の真ん中に住んで自然に沿った生活をしておられるのですが、大都会では、文明世界では、ものすごい勢いで温暖化が進んでいて、今世紀中には、氷が溶けて北極から全部氷が無くなって、それから海流が全部とまってしまって、ヨーロッパはもう冬になり、或いはまったく気候の変動が出てきて、それから海の資源は全部無くなるわけですよね。それじゃそういう世界で我々、自然にあればいいと言っていていいのかどうか、ということをお聴きしたいと思います。

 

上 村: はい、では引き続き、小林先生。

 

小林(正弥): 素晴らしい話ありがとうございました。山川さんの話は非常に印象的で、我々が実際に平和運動と関わっている中で、デモなんかをやるとですね、スピリチュアルな人から、逆にそういうのは精神の波動を荒らすから良くないというような議論がよくありまして、(会場笑い)山川さんからそういうメッセージがあるのはとても嬉しいと思います。それでですね、もし政治とか平和に関して訳されたものやご自身からのメッセージがあれば伺いたいなと思います。

 

それから星川さんのおっしゃることは私の考えとまったく同じなのですけれども、今日は『魂の民主主義』の話が無かったので、少しだけでも皆さんに話して頂きたいなと思います。

 

比嘉さんには、山川さんの方から、色々沖縄について非常に印象的な言葉もありましたので、沖縄の側から、平和に関して、あるいはスピリチュアリティの関係についてメッセージを頂ければありがたいなと思っています。

 

辰巳さんには、私は実は、すぴこんで、「スピリチュアリティの世界に、どんなものがあるのかなあ」と思って行ってみたところ、辰巳さんが、平和憲法についての小冊子も売っておられて、非常に印象的だったので、これはぜひ辰巳さんにお願いしようと思ったんです。それで今日は少しホピの関係で原爆の話が少なかったと思いますけれど、やはり日本の平和運動にとってこれは大事な問題なので、一言頂ければと思います。

 

上 村: はい、ありがとうございます。パネリストの皆様、質問を覚えておいてくださいね。(会場笑い)もう少し後ろの方もいらっしゃいましたね。

 

参加者: ネイティブ・インディアンの生活の話なんですけれど、もう少し聴きたいなと思ったのです。というのは、やはり彼らが平和的な生活ができるというのは、やはりそれを保障した何らかのシステムというかそういったものが、私たちとは違う価値観の中で色々働いているからこそ、心の平和があり、そういう平和な生活ができるのではと思うんですね。

たとえば私なんかが読んだ所によると、ネイティブ・インディアンの人たちは、母系制社会をとっているとかっていう話も聞いたし、そういう、母系制社会やらあるいは例えば財産の相続の問題とか、あるいは、恋愛感情なんかもきっと私たちと違うのかもしれないのだけれど、そういった諸々の彼らの伝統的な文化から平和がもたらされているとすれば、どういう考え方をして、どんな生活を実際に歩んでいるのか、子育てのこととか、少し聞きたいと思いまして、辰巳さんよろしくお願いします。

 

参加者: 第一部の質問の続きになるのですけれども、星川淳さんが、先程一部の方たちのお話はすでに今までされていることで、新しい何かが必要なのだというようなことをおっしゃってたのですけれど、ぜひ、世の中が平和になっていく、新しい何かを、星川淳さん的にはどういったものであるのだろうと考えていらっしゃるのか、お聴きしたいと思いまして、よろしくお願いします。

 

上 村: はいそれでは、手短かに一人ひとりの方、お願いします。準備の出来た方、それでは比嘉さんよろしくお願いします。

 

比 嘉: 先程の戦争に対してですね。うちの母が実際に沖縄戦の戦争は経験していません。逆に、広島で原爆を経験しております。終戦後、沖縄に帰ってきて、住みついた場所に、捕虜収容所がありました。瀬嵩(せだけ:現在名護市)という場所です。そこで生活をして、今の沖縄市の八重島というところに移り住みました。そこはまた、昭和50年代の朝鮮戦争の時代、軍が軍人のための慰安施設の町でした。

 

当時、米軍は、1970年くらいまで人種差別がすごくひどくて、その場所は白人しか入れない慰安施設でした。その当時、黒人は逆に沖縄、あえて言いますと琉球人とか、フィリピン、台湾、その人たちよりも、格下の扱いをされておりました。

白人以外でも、その場所によって、アーミー、エアフォース、マリンと分かれて、区分けされていました。そういう場所で、うちの母が神がかりにかかって、神ごとが始まりました。私も5歳の頃までは、二十歳離れておりました姉が面倒をみておりました。

 

しかし、姉が嫁いで、5歳から7歳まで母と一緒に御神事についてまわりました。それが今の戦跡でよく知られる、南部の鍾乳洞を神びらきして行きました。有名な玉泉洞とか、そういう場所によく連れて行かれました。鍾乳洞に入ると、戦争で亡くなられた方々の遺骨が山のようにありました。洞窟だけじゃなくて、森や畑の中にも遺骨があるのです。そういう場所で私自身、少し霊感が強かったのもあり、その遺骨が、遺骨でなくて、生身の人間として映像として見えることが、何度かありました。突然、ビジョンが入ってきて、たぶん火炎噴射機だと思うのですが、火が入ってきて、死ぬ人の姿とか、いきなり爆音と同時に吹き飛ばされて、逆に自ら死ぬ人とかをビジョンで見てきました。そういう歴史のある沖縄という場所で暮らしてまいりましたので、本当に戦争を語ろうと思ったら5分とか10分とかじゃまず無理です。とても申し訳ないのですけれど、沖縄を語ろうと思うと、色々な思いがありますのでもう少し時間をいただかないと語れません。

 

会 場: (拍手)

 

上 村: 回答時間が短くて本当にすみません。もう少し質問がありますので、じゃあ引き続き答えの準備の出来た方。はいでは星川さん。

 

星 川: 盛りだくさんの質問をいただいたので、本当は一時間ぐらいないと話せないのですけれど、まず何か新しい方法はという質問の答えから――。やはり過去にやったことをよく見ると、次は何をしてはいけないかががわかると思うんですね。で、精神性やスピリチュアリティを語ったり追求したりするときに、日本人として何に気をつけなければいけないかというと、一つは先程から何度も強調されているように、国家に絡めとられるような形での精神性の追求は絶対にやってはいけない。

 

それからもう一つは、アメリカ独立宣言で謳われているように、人間は誰もが生まれながらに平等で、自由で、みんな幸せを追求する権利があるということは本当に、本当に大事だと思います。誰かが特別であったり、誰かが初めからそういう権利を剥奪されていたりということは絶対にない。一人ひとりが対等だということを押さえているだけでも、先の戦争でやったああいう間違いはしないのではないでしょうか。今日はイロコイ民主制の全体像までは語れないと思うのですが、一つだけ北米の先住民と接してすごく強く学んだことは、階級というか階層性の意識を持たない人たちが多い。本当に対等であるというところにしっかり立っている人たちが多いのです。世界各地に色々な伝統文化があるし、理想化や幻想はいけないのですが、北米の先住民は一人ひとりが平等で対等であるというところを非常にしっかり押さえているのが特徴だと思います。

 

一番最近の著作である『魂の民主主義』という本で掘り下げたのは、北米の先住民の中でホピと同じくらい重要な位置を占めるイロコイ人の民主社会です。彼らの言葉で自分たちのことを「ホーデノショーニー」と呼ぶのですが、北米の東海岸で12世紀ぐらいから母系の民主制を確立して、一種の憲法を持って、ずっと平和な社会を築いてきた。武器を木の根元に埋めて、互いに戦争をしない連邦制の社会です。その人たちがアメリカ合衆国ができるときに、たくさんのことを教えながら国づくりを手伝ったのですね。アメリカのデモクラシーっていうのは、半分はもちろんヨーロッパの伝統なのですが、半分はアメリカの大地で生まれたものを取り入れている。それをまた日本が受け継ぎました。一般に戦後の民主主義はアメリカから学んだと思っているわけですが、そのアメリカは白人のアメリカだけがすべてではない。半分ぐらいはネイティブのアメリカから学んで引き継いだものがあるだろうということを書きましたので、関心のある方はぜひ読んでみてください。すみません、長くなりました。

 

上 村: はい、まとめてお答えありがとうございました。

 

山 川: はい、短く。政治問題ですね。私は結構、政治にも興味があります。選挙は必ず行きますし、色々文句も一杯言っていますけれども、自分で活発に動くことはありません。ただ私たちの意識レベルがそのまま政治に反映していくと思うので、政治のレベルも私たちのレベルにあったものが出てきている。そういう意味では政治をもっとよいものにするためには、私たちの意識を高めることがとても大事なことだと思っています。

それとあとはデモなどの運動についてですけれど、意思表示をすることもとても大事ですよね。確かに星川さんがおっしゃるように、それはスピリチュアリティの一部であり、時にはデモに行って、数で意思表示をすることが大事な場合が一杯あるのではないかと思っています。でも残念なことに、スピリチュアリティとは全然無関係な意味で、私たちにその力が無くなっているのが現実じゃないかなと思っております。

 

上 村: ありがとうございます。それでは辰巳さんお願いします。

 

辰 巳: まず、私たちがまず認識しておきたいと思っていることは、やはり母なる地球、そこが私たちの命を本当に産み、育んでいるものなんだということです。その上で、どういうアプローチで科学技術であったり知識を活かすかいうことが重要なんだと思います。

今私たちは本当に二つの世界に住んでいるとインディアンの人たちはいいますけれど、昨日もちょっとそんな話をしたのですけれど、物質主義的に偏った生き方をすると、本当に頭と心が離れてしまうというふうに、ホピの予言の岩絵の中にもそういう絵が残されています。ですから私たちは、頭と心が一つになるように、しかもその上でどういう風に科学技術を使うかというふうなことを、本当にさっきも星川さんがおっしゃったように、両輪のバランスをとるようにして、いかに私たちがバランスをその中でとっていくかということが、今、私たちに必要、問われていることなんだなというふうに思っています。

 

それから原爆のことですけれども、ホピの聖地から採られましたウランによって、アメリカの核開発が進んだわけですけれども、それで結局、原爆というものが長崎と広島におとされましたが、ずっとアメリカの核開発の、ロスアラモスの研究所というものは、プエブロインディアンの土地です。それから、最初の原爆実験地であるアラモゴートのトリニティサイトという場所も、アパッチという人たちの居留地のすぐそばです。それからネバダの核実験場、そこもウエスタン・ショショーニにという人たちの、先住民の人たちの土地です。

 

ですから本当にアメリカにおける核の開発というものが、先住民の人たちの土地とそこに住む人たちの犠牲の上に成り立っているわけですけれども、ウランは、母なる地球の心臓であると。その心臓を取り出してはお母さんは生きていけないのだという、一つの、地球を一つの人間に例えて、生命体というふうに考えています。ですから鉱物を掘り出して使ってはいけないんだ、お母さんは生きていけないんだということを、彼らは言ってきました。それでその原爆が日本に落ち、そして私たちは、原爆というのは一つの、今の物質主義的な社会といいますか、大地から、命っていうものから離れてしまった生き方の、非常にシンボルのようなものかなというふうに私は思うのですけれど、それが日本に落とされたということは、世界の平和というものを考えるときに日本はやはり大きな役割を担っているものだなと思いますし、また私たちが今の日本とアメリカとの関係を考えてもそう思います。

 

ですから私はアメリカという国が悪いと言っているのではなく、アメリカという国のあり方などを通して、私たちの姿をそこにもう一度鏡のように映し出しているものだと思っているので、そこから私たちがどう生きるのかということをもう一度見直したいなというふうに思っています。

あと、母系制の話ですけれど星川さんが話されましたので、また個人的にお話したいと思います。

 

上 村: はい、ありがとうございます。もう少し質問があったと思うので、せっかくですからこちら側のブロックで、ご質問のある人。あれ、増えたんじゃないかな。こっちもいらっしゃいますよね。困りましたけど、それではお名前と手短に質問を一個づつ、よろしくお願いします。

 

参加者: つい最近知ったのですが、今、原爆の話との関連で、丸木美術館というのがありますね。それが今、経済的にやっていけなくて、もう大変な状況にあるという、そういうことに関して、どう思われているか、皆さんにお聴きしたいです。

 

参加者: 山川さんにお聴きします。昔、四谷の木曜会でご夫妻のお話をお聴きしたことがございます。それからずいぶんだいぶ時間が経ったのですけれど、今だに自分が宇宙であるということがわかりません。何かヒントがあればひとつお願いします。

 

参加者: スピリチュアルな生き方は、市場経済とのかかわり方に大きく制約されると思うのですね。ですから、市場経済だけで生きざるを得ないほとんどの人は、中々難しく、それが癒しという形で、ビジネスになりかけている、この状況についてどうお考えになるか伺いたいと思います。

 

参加者: 癌の末期患者だったことがきっかけになって、病院を飛び出して自分で治してしまいました。それから私が大きく気がついたのは、現代の医学はまさにブッシュのイラクやアフガニスタンの抗議と同じだと世界中を応援して歩いています。皆さん誰でも結構です。自然治癒力っていうのと現代医学といったことについて、もしも何かサゼッションがありましたら、お願いします。

 

上 村: ありがとうございます。このブロックどなたかいらっしゃいますか?ではもうこっちも聴いちゃいましょうか。

 

参加者: 現在僕は、痛いという言葉と、死者を悼むときの時の悼みは両方同じ“いたみ”ですけれども、痛みと悼みというものが現代のキーワードだというふうに僕は考えておりまして、その二つのキーワードと、今お話にあがっているスピリチュアリティが、どのように関わってくるのか。なかんずく、Painの痛みのほうはともかく、死者を悼む、つまり死んだ人がいるということを踏まえた平和の構築をしなければいけないということが非常に重要な問題だと思うのです。僕はたまにホームページで叫んでるんです。平和学に死を、と。つまり、平和学に死というものを取りこめないと、いくら公共圏などといっても、パワーオブバランスの、国際政治のバランスだけで議論が進んでしまう。つまり、死をどうスピリチュアリティに関連づけるかということを、どなたでも結構ですので、お伺いしたいと思います。

参加者: さきほど、山川さんからの、深呼吸して空を見上げるということを聴いて少し質問したくなったのですけれど、僕も座禅しながら種をまいて、自分のバランスをとれているんです。それで、せっかくこういうメンバーの方がいるので、皆さんが、やっている、先程の深呼吸のように、日々必ずやっていることというか、実践していることがあったら簡単に教えて頂きたいと思います。よろしくお願いします。

 

参加者: 星川さんの車の両輪という話に大変共感したのですけれども、現在、行動をしている人というのは、ある程度スピリチュアルなことを受け入れやすいと思うのですけれど、その反対に、スピリチュアルなところにだけ興味がある人というのは、行動に移しにくいという傾向があるように私には思えるのです。それで、スピリチュアルにとどまっている人には、行動に移すときに何が足りないのかということを教えて頂ければと思います。

 

参加者: せっかく4人の方に皆さんのお答えが順番に来るということで、ひとつだけお聴きしたいのですが、物質世界では例えば物とかお金とかで豊かさというものを測るわけですけれど、皆さんは何でもって豊かさを測られるかをお聴きしたいと思います。

 

上 村: ありがとうございます。以上でしょうか。もしかしたら時間のことを考えて控えられた方もいらっしゃるかと思いますがその方はありがとうございます。第三部の方でよろしくお願いします。では、非常に時間が限られているので、全部ではなくても結構です。ポイントになるところで、今、心の中にある答えを一言づつよろしくお願いします。では比嘉さんから。

 

比 嘉: 豊かさという質問に対して。先程、私は旧暦の話をしましたが、沖縄でそういう傾向がありまして、本当に自然の中で暮らす生活をしていて、それで、畑に出るとか仕事に出るとき家を全部開けて出るんですね。物や、財政でなくて、本当に人を信頼して、周りの人を信頼して、とくに共存しているっていう意識が強かった。

ですから豊かさというのは、物や金ではなくて、そこであう人との関りあい、そしてそこから本当に自然の中から頂く恵み、そういうものをきちんと味わいながら、自分の体と、そして周りの人たちと心の触れ合いが、本当の豊かさじゃないかと思います。

 

山 川: 私への質問は、宇宙になるにはどうしたらいいかという難しい質問なのですけれど、座禅をくんでもいいし瞑想をしてもいいし、感じるときは感じるんじゃない?みたいな感じで、どうしたらいいかは私もよくわかりません。その人それぞれの時があるのではないかと思います。感じなくてもいいじゃないっていうのが答えではないかと思います。あとは、豊かさとは心の平和だと感じています。

 

星 川: さっきの質問とも関係があるのですけれど、自然をよく見る、知るということはとても大切です。よく「屋久島にいられていい御身分だね」なんて言われるのですが、それはちょっと違います。屋久島にいると、都会で表われるよりずっと早くからたくさんの兆候が見えて、その地球の色々な状態、つまり苦しさというか、おかしくなっていることがよくわかります。僕などはまだまだほんのちょっとしか自然を知りませんけれど、やはり外なる自然も内なる自然も本当の意味の自然を学ぶことですね。先程の方へのお答えになるかもしれません。本来は自分の中の自然も外の自然もつながった一つの自然ですから、その自然をよく感じて知っていく、学んでいくことで、その自然をどうしたらいいかということも、また自然にわかってくるのではないかと思います。

 

辰 巳: 難しい質問ばかりなのですけれど、まず毎日実践していることは、私は、大体毎日、ちゃんと教えてもらったわけではないのですけれど、丹田呼吸をしています。しっかり吸って、しっかり吐く。ゆっくりと吐ききる。そういうことを毎日やっています。

それは毎日行うというのは、やはり体を整えるだけではなくて、自分の意志というものを養うということにつながるように思うので、毎日決まったような時間にきまったことを、何でもいいんだと思うのですけれど、それを続けるということは、自分を鍛えていく、自分の意志も鍛えていくプラクティスではないかと思います。

 

それから、何をもって豊かさとするか、というお話なのですけれど、私はそれを聴いて、じっくり考えると色々出てくるのでしょうけれど、今出てくるのは、それは、感じられる、ということ。あらゆる色んな人の感情であったりとか、自分自身の感情であったりもするし、自然の移ろいであったりもそうなのですけれど、自分で感じられる、様々なものを感じとれるということが、豊か、ということを、印象としてそういうふうに思いました。

あとは、丸木美術館が今、経営的に成り立っていかないということなのですけれども、そういうことを私も全然知らなかったのですが、やはり、自分と今、もう60年も経って、自分自身のことと原爆ということがつながらない、自分とはつながっていないことと思っている方が、やはり多いのでしょうね。

それで、60年前のことなのですけれども、まず私が出きるなと思うのは、やはりまず身近な人、すぐいつもそばにいる人でなくてもいいんです、たまたま一緒にすれ違った人でもいいんです、でもその人と、痛みをその時一瞬かもしれないけれども、私たちは分かち合ったり感じ合ったりすることができるという実感日々の中で持てるようなことがあったら、それがどんどんイメージとして広がっていって、遠くにいる人とか、60年前に起こったこととかにも、その想像力が広がっていくのではないかなと、私自身はそんなふうに考えています。

 

上 村: はい、皆さんどうもありがとうございました。第二部まとめている時間もなくて申し訳ありませんけれど、今日素晴らしい報告、あるいは意見を分かち合ってくださいました、パネリストの皆さんに、もう一度大きな拍手をよろしくお願い致します。

 

会 場: (拍手)

 

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上 村: どうもありがとうございました。翻訳者としての山川さんは知っていましたけれど、そんな色んなことは全然知らなくて、知れて良かったなあというふうに思いました。

 

比嘉さんから、最初に少しメッセージを頂いて祈りもして頂いたのですが、もう一回、どうでしょうか。5分なのですが、もしよろしければさっき言えなかったことも含めて、短い時間ですがよろしくお願い致します。

 

比 嘉: 比嘉と申します。よろしくお願いします。私自身、沖縄から本土へ巡礼という形で何度か上京をしています。今は毎月、月の半分は本土に巡礼という形でさせて頂いています。

私の中で、巡礼と神事を分けています。神事は私が啓示として受け取って、それで地震とか災害を鎮めたいという気持ちで祈りを致しております。巡礼は、私の中では、私達みたいに全ての人が神とつながる必要はないと思っているんです。しかしすべての人が神の子だとも私は思っています。

 

ですからすべての人に、本当に神とつながるということは、自分自身の心の内とつながって欲しいと思っております。内なる神とつながり、一番大事な足元を見た上で、精神世界の方を見つめてもらって、そこから本当の自分の未来を想像して頂き、そこに近づくように努力することで、必ず世の中に、世界に役立つ人として歩むことができると信じております。

巡礼者に望むのは、神の声を聴く、見る、感じるということよりも、自分自身に問いかけて、自分の人生を自ら、苦しいながらも、自分で考え、判断して、決断して自分の人生を歩むことが一番大事なことだと思います。

 

宗教的な価値観とか、そういうすべてを超えて、本当の心の目で、いい、悪い、必要、必要ないものを自ら感じて頂き、自分のやるべきことを気づき行って頂きたいと思っています。

 

それと、今、私の所に、よく聞こえてくるのが、宇宙の神とか、大地の神が怒りをもって、地震、津波そういうことで、人々の裁きを致しているということを言ってきますが、私自身は一切そういう感じは致しておりません。

私は沖縄の聖地を皆さんに直接感じて、触れて、見てもらっています。そこで感じてくるのは、大地そのもののエネルギー、宇宙のエネルギーが、一つの命に対してどれだけの多くの奇跡が絡み合い、今この時の、命が与えられていると感じることがあります。

それだけ一つの命にそそがれている愛情を感じる所があります。ですから大地の母が、そして天の父が人間に対して裁きを起こしているということはあり得ないと思います。

 

しかし、もうそろそろ人間が、本当の意味で自分の歩む道を進んでほしいというメッセージがあると思っています。自然の中で地震、津波とか、噴火などは、今まで当たり前のように繰り返して来た自然の仕組みであり、地球の命の循環でありますから、それは決して裁きではない。

これからまさに地殻変動を機に、新たな命の循環の始まりでありますから、我々が自ら、自然と向き合って、そこから本当の自分の未来を見据えて、いいもの、悪いもの、本当の豊かさ、本当の平和というものを考えてほしいと思っています。よろしくお願いします。

 

会 場: (拍手)

 

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山 川: 戦争のことがありましたけれども、私は昭和18年生まれですが、爆撃のことを少し覚えているのですね。私は沼津に疎開していたのですが、沼津という所は、富士山を目指してB29が飛んできて、そこから東京に向かう、その行き掛けの駄賃で、焼夷弾を落としていったという所なのです。ですから2歳の子供だったのに、母が、焼夷弾の火を箒で消しているのを覚えているのです。

 

疎開が終わって東京に引っ越してきたのですけれど、その時には、今度は、飛行機が飛びますと、もうB29の音を覚えていますから、爆弾を落とされるんじゃないかと弟と2人で家中を逃げ回っていました。そういう世代です。でも日本は私たちが子供の頃にどんどん復興して行きました。そしてその頃は、幸せになるにはどうしたらいい?お金があればいいじゃない、物があればいいじゃない、とみんなが思っていて、松下さんが出てきたり本田さんが出て来たりして、私達に豊富にものをどんどんどんどん与えてくれて、経済成長がどんどん起こったという時期ですね。それで私たちは物質的に豊かになって、ますます幸せになってゆくと感じていた時期が、私が成長していた時代じゃないかと思っています。

 

私はそんな中にどっぷりつかっていたので、若い頃、精神世界とか、自分はなんだろうとか、考えたこともありませんでした。

ただ、お勉強ができて、いい大学に行って、卒業して、そしていい所に就職して、それで女性だったらいい人のお嫁さんになって子供を産めばいい。そんなような感じでずっと来たのではないかと思います。

 

それで私は、それなりに色んな葛藤はありましたけれど、でも、自分は何ものだろうといったことを深く見つめないままずっと来てしまいました。そして私は30代のころはそれなりに充実した、いい人生を送っていました。ところが40

歳を目の前にしていた時に、急にあるワークショップに夫が参加しまして、そして変な事を言い出したんですね。「お前はそのままじゃ駄目だ。もっと変わらなくちゃいけない」と言われて、(会場笑い)随分反発したのですけれど、もう仕方は無しに私もそのワークショップに参加しました。すると、自分が100%変わってしまったのです。

 

どのように変わったかというと、それまで私は自分の外ばかり見てたのですが、自分の内側にあるものを見るようになったのです。以前は自分が良くなるためには、何か外側に付ければいいじゃない。英語ができるとか、勉強ができるとか、音楽ができるとか。そういう風に外に出かけていって何かを学んで自分の身に纏えばいいじゃない、とずっと考えていたのですね。

 

そのワークショップで突きつけられたのは、あなたはいったい何ものですか。あなたは一体誰なのですか、という事でした。そして、もし自分自身を知りさえすれば、そのままの自分でいいのだよ、外側に何かを付けることではなくて、自分がいったい誰か、自分はどういう人間なのかを知ることが一番大事なのだということを教えてくれたのです。

 

自分自身は誰ですか?あなたは何ものですか?

この世の中で唯一、本当に知る必要があることがあるとしたら、それはあなた自身なのですよ、ということを突きつけられたのが、そのワークショップだったのです。そこから私の旅路が始まったのです。

 

そしてそれからすぐにアメリカに行きました。アメリカには、当時1982年なのですけれども、そういうワークショップが一杯ありました。それでアメリカで同じワークショップに参加し続けているうちに、私は自分の真実というものをだんだん発見していったのです。

 

そして最後に知ったのは、私自身は宇宙と一つであること、かけがえのない存在であることでした。そしてあなたがあなた自身を愛さなくてどうするの、あなたがあなた自身を愛していさえすれば、すべての問題はなくなるよ、ということでした。

 

そして、それは私にとっては非常に大きな学びだったのですが、でもそういうことが学べたときに、不思議なことがどんどん起こってきました。

 

主人は大蔵省から世界銀行というところに出向していたのですけれど、そこで、あるベトナム人に出会いました。その人は人の顔を見てその人の運命を読む人だったのですが、その人に“お前たちは人を引っ張っていくような役割をするのだよ。”なんて言われて、「まさか?」と思ったり、何人も不思議なことを言う人に出会ったりしました。

 

そして、84年になって、『アウト・オン・ア・リム』(“Out on a Limb”)という本に出会いました。シャーリー・マクレーン(Shirley MacLaine)という女優さんが書いた本です。その『アウト・オン・ア・リム』を読んだとき、私の魂はうち震えました。

 

これが私の知っていたことだ。しかも私が本当に知りたがっていたことがこの本の中に全部書いてある。というような思いをしました。それまでも、自分とは誰か?ということを学んでいましたが、それはこの世的な、三次元的な所でとどまっていました。でもシャーリーの本を読んだ時に、私は四次元まで飛んでしまったのです。

 

この世界には見えないものがある。実は私たち自身たちは魂の存在なのだ。

私にとってスピリチュアリティとは、私たちの真実そのものなのですね。有名な人の言葉に、「私たちは魂を持つ人間ではなくて、人間という形をとった魂なのだ」という言葉があるのですが、まさにその通りで私たちの本質はスピリチュアルそのものなのだから、スピリチュアリティとは何かって問う事自体、私には不思議だと感じるようなところがあるのです。

 

このようにして私はその本に出会ったのですが、大蔵省の公務員をしていた主人が、「この本を日本語に訳したい」という、突拍子もないことを言い始めたのですね。でも、物事がとんとん拍子に進んでいき、二人で本を訳しました。それから私たちの人生は大激変しました。

その後、夫は大蔵省をやめて、それから20年間二人で翻訳者をしています。今まで50冊本を訳して、全部、精神世界の本です。世界中の人の本を訳しているのですけれども、全部同じことしか書いてないのです。

 

でも、その学び方や説明の仕方、はみんなそれぞれの本で違うのですね。イスラムのスーフィを通して学んだ人の本、キリスト教を通して学んだ人の本、それから純粋にチャネリングだけで書いた人の本とか。色んな本を訳していますけれど、言ってる事は全部同じなのです。それで私は、翻訳者という仕事をよくぞ選んだなと思っています。

 

もし自分で本を書いて、自分の意見だけを人に伝えていたら、ああ、この人はこんな変なことを言ってるなと思われて終わりですが、これだけたくさんの人の本を訳すと、アメリカ人もいればイギリス人もいればブラジル人もいる、そういう人達がみんな同じこと言っていますよ、と言うことができて、とてもメッセージを強く伝えることができると思ったのですね。

 

だから私は翻訳を通して、私達は魂の存在なのですよということを、みなさんの前にそっと差し出す、ということをしているつもりです。そして人は、分かるときが来ないとスピリチュアルなことはわからないと思うのですね。

 

私にも分かる時がやっと43歳ぐらいの時に来ました。星川さんのように二十歳の時に始まる人もいれば、(会場笑)もっと若い人たちもいるでしょう。一歳の時はきっと私たち全部分かっていたのだと想うのですけれども、成長するに従って、それを忘れてしまうのですね。

 

60歳になってもまだ分からない人がいて、でもその人が一年くらい経つと、「きっとこれが本当なんだね。やっとわかった」なんて言ってくることもあるのですね。

 

それで私たち二十年も翻訳をやってきて、もしかしたら今起こっていることは、壮大な実験だと思うようになっています。今まで何千年も同じような戦いや争いを繰り返してきた私たちが、今度こそ、新しい地球を作れるかどうかという実験をしているのではないかなあと私は思っているのです。

 

みんなが集まって、自分のやりたいと思っていることをやっている。それはもうバラバラのやり方で全くいいと思うのですね。エコロジーから入っていく人もいれば、病気になって、こういう世界に気づく人もいます。スピリチュアルな世界を知ってから、急に歌がでてきて、歌でみんなにメッセージを伝えているという人もいれば、絵を描き始める人も一杯いるのですね。世界中にそんな人がいっぱい居て、私達はあちこちでそういう人に出会っています。

 

それから、私達は何気なく世界中に旅行していますけれど、私に言わせれば、色んなエネルギーを蒔きに行っている、交換に行っているのだというふうに思っています。今ではすごく単純に、みんなが楽しくいろいろやっている内に何かうまく行くのではないか、とのんきに思っています。うまくいかないかもしれないけれど、でも実験だから、みんな自分が思ったことをそれぞれにやっていけばいい。

 

それで私はこれから何をするかというと、もう翻訳はいいかなって、主人共々言っています。ただ、責任がある作家の方が何人かいるので、そういう方たちが新しい本を出したら、ぜひそれは訳したい、訳させてね、という形でやっていって、あとは自分たちの好きなことをやりながら、講演会など、いろんな所でメッセージを伝えていきたいと思っています。自分たちの本も出したいですね。

 

それでもう60歳ですから、引退してもいい年だし、のんびりのんびり、あとは余生ということで過ごすこともできます。ただ、60代になってからみんな、力を発揮できるのかもしれません。60代なんて、まだまだ若いのですよね。(会場笑)今は、60歳は引退する年じゃないし、多分これから皆さんすごくきらきら輝き始めるのでしょう。

 

そういうことで、私も色んなことをやっていきたいなと思っていますし、ここには若い方が一杯いらっしゃいますが、そういう若い方が、今いろいろなことを始めていますよね。

 

私はピースボートで三年前世界一周してきたのですけれど、一緒に船に乗っていた若い人たちが素晴らしかったです。だめな奴もいっぱいいました、本当に。もう一晩中お酒飲んでいるだけの子もいました。でも、大部分の若者たちは本当に素晴らしかったです。どこが素晴らしいかというと、自分がやろうと思うことを全部やってしまう。それもわずかな間に。

 

行動力というかやる気がある。それからビジョンがはっきりしていると思いました。たとえばロックコンサートをやりたいと思ったら、三日間計画してやってしまうのですね。とても私たちの世代にはできなかったことです。一人ひとりがとてもクリエイティブな感じでした。

 

私たちはどこかで違う面を持てるようになってるのです。そして若い人たちは、直感やビジョンを見るのがとても上手であると思いました。

 

私は最近、みんなにもっと直感を使ってよといつも言っています。今まで頭で一生懸命考えることが大切だとされていたけれど、そんなの飛ばしちゃってもいいかもしれないよ、って言ってるんですね。これも実験なので、やりたい人だけやってねというふうな感じなのですけれども。私は直感に従って、あそこに行きたい、ここに行きたい、あれをしよう、これはやめよう、というように動いています。でもうまくいかなかった、ということがあると、ああ、間違っていたな、一つ勉強したと思うのですが、最近では直感を感じるのが上手になって、ぱっぱっとうまく行くようになってきました。そうすると本当に共時性がどんどん起こってきて、ああ、そうなっていたのだ、という人生にだんだんなってきています。

 

「池に藻の種が一つ落ちました。それがん芽を出して、池を覆い始め、一日に二倍になって増えてゆきます。池が全部、藻で覆われる一日前には、池はまだ半分しか藻に覆われてなかったでしょう」、というふうなことをシャーリー・マクレーンが言っていました。平和を望む人が一日に倍ずつ増えるとしたら、地球上のすべての人間が平和を望むようになる一日前には、まだ半分の人しか、平和を望んでいない、ということです。

 

今は、一生懸命種まきと細胞分裂とを繰り返して、平和のために私たちそれぞれが働いているのが今じゃないかなって、私は思っています。そして、それはきっとうまくゆく、と信じています。

 

楽観主義なんですけれども、いまはそんな感じです。

 

会 場: (拍手)

 

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上 村: ありがとうございます。ホピに関わったことで、あるいはその前の関係も含めて、自分を明け渡すというお話もありましたけれど、そのことも含めてお話をして頂きました。

それでは続いて、星川淳さんお願いします。

 

星 川: 皆さんこんにちは、星川淳と申します。東京に生まれ育ち、二十代の頃は国内外を動きました。海外は世界中というほどではなくて、インドに足かけ二年ほど、アメリカに二年ほど暮らし、そのあと最近二十三年は鹿児島県の屋久島という自然の素晴らしい島に住み着いて、自分たちの食べるものを納得のいく形で作ったりしながら、職業としては作家と翻訳家として65冊以上の本を手がけてきました。

 

テーマは時代によって少しずつ変わってきているのですが、最初は今日のテーマにも割合近い精神性や精神世界がきっかけです。もう亡くなりましたけれど、インド人のラジニーシさんという方の門弟として足かけ五年ぐらいすごし、彼の英語による講話録を日本語に訳すことから書き手としてスタートしました。

 

その後、自分なりのものを書いたり、ほかのテーマでも訳したりするようになりました。80年代はエコロジーとか環境思想とか、それから持続可能な生き方、持続可能な政策というような、最近の言葉でいえばエコっぽいジャンルを多く手がけます。90年代に入ってからはまた少し変わってきて、先住民文化の現代的な意味みたいなものを扱うようになりました。

 

それから、今日は何度も出てきますが、2001年の9.11事件を境にして、本を書いたり訳したりするよりジャーナリスティックな仕事、つまり今現在起こっている世界の政治とか外交とか、戦争と平和に関わる物事を、マスコミがあまりきちんと正確に素早く伝えていないということを強く感じるようになって、それならば自分たちでできる限りそういう題材を取り上げよう、と……。僕の場合は英語を読んだり使ったりすることができるものですから、必要な記事とか論文とかを日本語に翻訳しようと思いました。昔ですと、ガリ版で刷って本やミニコミにしていたわけですが、現在だとやはりインターネット経由でメールの形で流すと、非常に速くて安くて便利です。そういう仕事を、有志の皆さんと一緒にネット上のグループを作ってはじめました。名前はTUP、Translators United for Peace、つまり「平和をめざす翻訳者たち」といいまして、ささやかな独立系メディアの試みです。

 

その前にも、9.11事件の直後ですが、音楽家の坂本龍一さんたちと二週間くらいで『非戦』という本を作ったことがあって、これも同じく日本語できちんと伝えられるべきことが伝わっていないという気持ちがきっかけでした。ですから現在は、今お話したような精神性の分野とエコロジー・環境の分野、先住民の分野、平和や国際関係に関する分野などが、自分の中では全部混じり合って共存しています。

 

どうしてこういうことをやるようになったかを振り返ってみると、僕の世代は先ほど壇上に並ばれた先生方と近くて、でもいわゆる70年安保、全共闘の世代からはちょっと遅れた、そのおしりのほうの世代です。ちょうど思春期の頃が米ソの冷戦真っ盛りで、核ミサイルがいつ飛び交うかわからないという非常に緊迫した雰囲気の中で育ち、かなり感受性の強い子供だったものですから、それを真に受けてしまいました。東京育ちなので、頭上を旅客機やら軍用機やら、しょっちゅう色々なジェット機が飛ぶわけですね。そういう轟音を聴くと、「うわっ、あれはソ連のミサイルが東京を襲ってきたんだ。次の瞬間に、自分は核の爆発で溶けて蒸発して死んじゃうんだ」と本気で覚悟しながら生きていました。かれこれ十年近くでしょうか、二十歳くらいまでそんな気分ですごした、そういう世代です。ですから、戦争を知らないといいますけれど、僕は自分の世代を“瞬間戦の世代”と呼んでいます。そういう人がどのぐらいいるのかはわかりません。でも、たぶん僕だけではなくて、東西両陣営でかなりの人たちが、そういう気持ちで子供時代や思春期を送ったのではないかと思います。

 

その後、多くの人たちを核兵器廃絶の運動などに突き動かしたのは、そんな動機があったからでしょう。それともう一つ、世界が終わってしまうんじゃないかという危機感を本当に子供の頃から感じて育ちますと、マイナスな面はもちろんたくさんあると思うのですが、プラスの面としては、世界全体の運命を自分の運命として感じる、一体感を持つんですね。そのことが逆に、その後、たとえば環境的な問題とかで、世界全体を自分の問題としてすごく身近に感じて、それを何とかしたい、壊れてしまわない、滅びてしまわない世界をつくることに人生を賭けたいと、自然に感じるようになった下地なのだろうと思います。二十歳前からそんなふうに生きていこうという決心をして、その後ずっと、五十歳をとっくにすぎた今になるまで変わっていません。

 

今日は実のところ、春くらいから声をかけていただいて、わりと最近になってプログラムを見せてもらい、顔ぶれを見て、「いやあ、これはちょっと自分は場違いで苦手だな」と思ったのです。というのは、先ほどからお話ししてきましたように、いくつか自分の中で変化があって、あまり最近はスピリチュアルなことを表面に出さないし、強調もしません。むしろ黙っているようにしてきました。

 

なぜかというと、しばらくインドですごしたと言いましたが、その時期の最後の頃、どうも落ち着かなくなりました。結局インドを離れたのですけれど、足かけ五年くらい、ずっと内側の自分というものを見詰めることを集中してやった結果、それはそれでいいけれども、やっぱり今の世界というか地球上では、それだけでは半分じゃないかと感じるようになったんです。

 

たとえば、よく「自分が変われば世界が変わる」と言いますが、今の時代、地球上で環境の問題みたいなものは、自分が密室で瞑想をすることによっては変わらないんですよね。川や海を汚しているとしたら、汚していることをやめるというような物理的な行動を取らないと変わらない。

 

つまり今の時代は、人間が自然界に対して、あるいはそれとの関係で間違ったこと、病んだことをやっているのが、むしろ人間の心身に鏡のように映し出されて、病気だとかおかしな状態になっていることが、おそらく半分以上あるかもしれないな、と。そんなことをインドで感じるようになって、それで当時、そういうエコロジカルな科学とか応用生態学みたいなものが進んできたと思われるアメリカにもう一回行って、その種の勉強をはじめました。

 

もうひとつは、やはり先ほどから何度か出ているオウム真理教の事件が1995年に起こります。僕自身は今お話ししたとおり、もう精神世界的なものから離れていたので、そのときは特に決定的な衝撃を受けたわけではありません。しかしあとからジワジワと、自分にもすごい責任があるなと感じるようになったんですね。

 

というのは、ラジニーシという方をご存知の方はわかると思うのですが、かなり麻原がパクっていたようなことをたくさん含んでいる教えでしたし、70年代から80年代という時代そのものの中で、僕自身が語ったり書いたり訳したりしたものと重なる部分が多かったんです。

 

それで、なぜああいうものを生み出してしまったのかを、あとからジワジワと自分なりに反省し、考え抜いて、自分なりに一つ結論というか答えを見つけたと思っています。仏教やヒンドゥー教系の教えを学んでいらっしゃる方がここにたくさんいて、怒られるかもしれませんが、僕はこんなふうに考えました。

 

インド系の思想とか宗教性の中には、この世界や生死の循環というものを悪だとして、あるいは汚らわしいもの、否定すべきものとして、そこから完全に離れること、脱(ぬ)けることに至上価値を置く傾向が強いのではないでしょうか。解脱という言葉自体そうですよね。脱け出すこと、そこから離れることをめざして修行したりする。こういう大きな思考の枠組みをパラダイムといいますけれど、いわば「解脱パラダイム」がインド系の宗教や哲学の中に五~六千年にわたって根強くあった、いや、今もあると思うのです。

 

裏を返せば、この世界は本当の正念場ではないから、まあ、ある意味ではどうでもいいんだ、もっと本当の世界に向かう別の正念場がある、と。だからカースト制度のようなものがあっても、それを本気で何とかしようとはしなくていい。あるいは、たとえば環境問題のようなものも、あまりがむしゃらに変えようとしたり騒いだりするのは若気の至りであるとか、青臭い考え方だというふうに否定されてしまうのです。

 

されにオウムのように、この世界が汚れているのであれば壊してしまって、悟りの世界に行かせることが解答だというふうな考え方まで出てきやすいわけですね。反論はあると思います。仏教でも小乗、大乗、金剛乗と発展する中で、そういう弊害を乗り越えて、世界のすべてを自分ごとと受け止める菩薩の考え方、生き方が生まれたこともわかります。けれども、パラダイムのような大きな思考の枠組みとしては、インド系統の宗教や哲学は、どうもこの世界を本当には愛しきらない、本当には大事にしないところがあるんじゃないかと感じるようになりました。

 

ちょうどその頃、それとは対極的なものとして自分の中に沁み込んできて学びを深めたのが、この世界を本当にここだけしかないと思い定めながら、この世界を愛していく先住民の生き方、考え方です。ですから、今はその両方が見える。東洋の伝統的な宗教性や哲学の中にも、もちろん学ぶべきものがたくさんあります。

 

もう一方で、西洋の宗教性・精神性の中にもいいものがたくさんありますけれど、やはり1960年代ぐらいから、20世紀の後半に多くの人たちがそれを反省していった。キリスト教には、世界は神から人間に与えられ、人間が思うがまま利用していいというパラダイムがあって、その反省から色々な運動が起こりました。

 

ですから、西洋がダメで東洋がいいという考え方も僕は取りません。東西南北、地球上に残されているすべての伝統から学ぶべきものを学び、なおかつ、おかしいものはおかしいとして、疑問をもって見ていくことが大切です。自分なりに、あまりうんうんと頷くよりも、まず疑問を持って問うということが、この時代にはすごく大切ではないかと思っています。

 

会 場: (拍手)

 

上 村: まさに星川淳さんの一生をかいつまんだようなお話でした。

―――――(テープ切れ)

 

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上 村: ただ今のは沖縄の神人、比嘉良丸さんによる祈りでした。比嘉良丸さん本当にどうもありがとうございました。

 

会 場: (拍手)

 

上 村: ただ今から第二部を続けたいと思いますけれど、第二部は日本自立プロジェクトコーディネーターの、上村が務めさせていただきます。よろしくお願いします。

 

では第二部の素敵なゲストの方をご紹介いたします。まずは辰巳玲子さんです。どうぞご登壇ください。

辰巳玲子さんは、Land and Life、それから、映画『ホピの予言』事務局に勤められております。『ホピの予言』2004年版を製作されて、先住民のホピ族から学んだことなどをお話して頂いております。辰巳さんよろしくお願いします。

 

ひき続きまして星川淳さん。わざわざ屋久島の方から来て頂きました。星川さんはスピリチュアリティ等々、あるいは著作ですね、『魂の民主主義』などたくさんの本を執筆され、翻訳されている方です。星川さん今日はよろしくお願いします。

 

それから最後になりましたが、山川亜希子さん。山川さんは、まさに海外からのスピリチュアリティ、あるいはこの世界の本をたくさん翻訳され、現在地元で執筆活動等々、大活躍の翻訳家であります。

山川さん、どうぞよろしくお願いします。

 

それでは、第二部さらに進めていきたいと思いますけれど、まずは、もしかしたら皆さん全員の方をご存知かもしれません。しかし、知らない方もいらっしゃると思いますので、まずお一人お一人に、あなたは誰で、一体何をされている人なのか、どんなことを考えていて、あるいはスピリチュアリティに関して言いたい事等々を、まずお一人お一人に述べてもらう時間にしたいと思います。それでは辰巳玲子さん、よろしくお願いします。

 

辰 巳: 神戸から参りました、Land and Lifeの辰巳玲子と申します。今日はよろしくお願いいたします。呼んで頂きましてありがとうございます。私はLand and Lifeという名前で、現在、ホピの映画2004年版という映画の上映を去年から始めております。ホピというのはネイティブアメリカン・アメリカインディアンの、ホピと呼ばれる人たちのことなのですけれど、ホピとは彼らの言葉で、平和とか、平和に満ちた人々という意味があります。

 

彼らには、ホピはアメリカインディアンでの中でも数ある部族というか国の中でも、もっとも古い歴史を持つと言われる人たちなのですが、彼らには2000年以上にわたって、口承で伝えられてきた、偉大なる精霊からの、創造主からの教えというものがあります。それがいわゆる“ホピの予言”として知られているものなのですけれども、私は神戸の生まれなのですけれど、神戸で、『ホピの予言』というドキュメンタリー映画、これは86年に制作され、87年に、自主上映という形で全国で上映された映画と、88年の2月に神戸で出会いました。その時にですね、本当に出会ってしまった、という感じだったのですけれど、その時に思いましたのは、ああ、とうとう「自分」というものを明け渡さなくてはいけない時が来てしまったんだなぁということをその時に感じてしまったのです。

 

今から考えると、その自己というものは、本当に、自我といいますかエゴといいますか、そういうものだったのかなあと思うのですが、それを明け渡して、本当の自分に生きねばならないそういう時が来てしまったんだと感じました。そうでなければ、生き方を選択しないと、これからは本当に大変な世界になっていくんだ、という想いを、ホピのメッセージから持ちました。

 

ホピは、予言というものを、なぜこの世界に発したかといいますと、それまでは決して外の世界に知らされる教えではありませんでした。

それが1948年、原爆が落ちてから3年後ですけれど、村の宗教指導者達が集まりまして4日間にわたって会議をしました。そして広島と長崎に落とされた原爆、それを自分たちの教えの中に照らし合わせたところ、“灰のびっしり詰まったひょうたん”だというふうに、その宗教的指導者たちは、解釈しました。

 

それが一つの印というか、これから人類が非常に危機的な状況に、このままの生き方を続けていくと、非常に危機的な状態に入るということを、宗教的指導者たちが認識をしまして、それで自分達に伝わっている教え、それと人間の生き方に対する警告というものを世界に対して発しなければいけないということを、メッセンジャーの人たちは、宗教指導者の人達は考えたわけです。

 

それでその映画が作られていったのですけれど、映画を86年に作りましたのは、宮田雪(みやたきよし)という人で、私は映画を見てから彼と連添うことになったのですけれど、彼は7年かかって、その映画を作りました。

 

彼がなぜその映画を作るようになったのか、ホピと呼ばれる人たちに出会ってなぜその映画を作っていったかということについて少しお話したいと思うのですが、彼はシナリオライターだったのですけれど、仕事に疲れましてインドに出まして、そこで日蓮系の日本山妙法寺というお寺に出会いました。そのお寺のお上人様がパネリストでそちらにいらっしゃいますけれど、その山主である藤井日達上人という方ですが、その方は非暴力による世界平和をご祈念されてご修行しているお坊さんでした。

 

その方がおっしゃったのは、この物質文明の最たるところのアメリカというところが変わらなければ、この世界は変わらないだろう、平和には導かれないだろう。そのアメリカを変えるのが、元々アメリカ大陸に住んでいた、先住民達の精神文明であると日達上人はおっしゃったそうです。天と地、それをいのちの源とし、感謝をし、祈りが生活の中にあり、すべての生き物と調和するそういう生き方、それと自分たちの信仰を押し付けない、相手を尊重する尊敬する生き方、それを精神文明とおっしゃったのだと思うのですけれど、その精神文明こそがアメリカを変えていくだろう、ひいては世界を変えていく、非常に大きな原動力になると。

 

だからあなた方、若い人たちは、アメリカに行ってインディアンの人たちを助けなさい。自分たちの事の進め方を押し付けたり、彼らを変えようと言うのではなく、ただ助けなさいとおっしゃって、それで宮田はアメリカに渡りまして、ホピの予言のメッセンジャーであるトーマス・バンヤッカという方に出会うわけです。それは1979年です。

 

ですから今上映をさせてもらっていますホピの予言2004年版の最初のスタートというのは具体的には1979年の撮影から始まっておりますので、もう25年、四半世紀も前から、その撮影が始まっているということなのですね。

私はなぜこの映画をもう一度ご覧頂こうかと思いましたのは、やはりニューヨークのテロと、それからイラク戦争開戦が大きな契機となりました。

 

そのときに、自分の内面的なものと、世界で起こっていることが呼応しているということ、が、ものすごく自分の中で実感されたのですけれど、そのときほど、自分の存在が時代の意識と共にあるなあということは感じたことはないくらい、なぜこの時代、この場所に生まれついたのかということ、そういった意味というものを、私たち一人ひとりは持っているのではないかということを、私自身の感覚というか体験というところから感じました。

 

それでもう一度古くなった映画だけれども、こういった時代の到来を警告するためにこそ、そのホピのメッセージは発せられたし、またこの映画が作られたのではないか、という想いになりまして、新しい映像を新たに付けまして、2004年版ということで、去年から上映を始めています。

 

私は88年にホピと最初に出会いましたけれど、ホピの教えから学んだというよりも、ホピという大地から学んだことが大変大きいので、そのことをお話させていただこうと思います。ネイティブの人たちは母なる大地、天なる父というふうに呼びますけれど、本当に大地は母であり天が父であるという感覚をあの大地で頂いたのですけれど、ホピという人たちは本当に乾燥しきったアリゾナの沙漠の大地に住んでおりますけれど、そこでトウモロコシを育ててそれを主食として暮らしてきた人たちです。

 

その種付けの仕方を教えてもらったのですけれど、本当にカラカラの沙漠ですので、どうしてこんな所であんな立派なトウモロコシが育つのだろうかと思うのですが、種付けは男性しかしないんです。それで、砂をかき分けていきますと、湿った土が出てきます。それで充分に湿った所までくると、トウモロコシの種付け棒、それは鉄棒でも何でもいいのですけれど、彼らは何でも使っていますけれど、それを大地に突き刺して、隙間を空けまして、そこにトウモロコシの種を植えつけます。

 

そしてまた湿った土の順番に土を返していくのですけれど、それを知りました時に、私は、ああ、こうやって、これはいのちの交わりそのものだなと、大地が女性であり母であり、男性が本当に湿った土まで出てくると棒を突き立てて種を植える、これは本当に命の営み、交わりそのものなんですね。これを見たときに、そこから育ってきたトウモロコシを頂いて、ホピはその自分の肉体と霊性、スピリチュアリティといいましょうか、スピリットといいましょうか、それを養ってきた人たちなんだと、大地と交わった、命そのものを頂いて、この人達は暮らして来たのだなあということを、しみじみと感じました。

 

ですから、男性が大地から離れない。大地とつながる、いのちに関わるということを、ホピの人たち、ホピだけではなく先住民の人達はそれを非常に大事にしてきた。そこに私は、どうしても女性性・男性性という考えが出てくると思うのですが、女性は大地とつながっている存在だと私は思っていますので、智恵として、男性がどうして大地や命とつながり続けるかということが大切になります。ホピはトウモロコシの種つけ棒でもって大地と交わる、そして命を育んでいくということを通して、シンプルな形で受け継いできた人達なのだなということを感じた次第です。

 

ですから私自身はホピの人達の残っている教えであったり、言葉からではなく、ホピという大地から感じたことが大変大きくて、大地といういのち、大地が母で天が父である、という感覚を得られるような土地、あるいは大地と自分自身がつながっているんだという感覚を得られるような土地と出会ったことが、私にとっては大変幸運というか幸せだったなあと思います。

 

それでホピの残しているメッセージは、私達に残された唯一の道は、シンプルでスピリチュアルな道である、ということを、メッセンジャーの最後まで残ったトーマス・バンヤッカさんは、1948年から1999年の50年間に渡って、伝え続けてこられました。

 

私たちの生き方がこのまま物質的に偏った道へいくのか、あるいは本来の本質的な大地とつながったスピリチュアルな生き方に戻っていくか、一人ひとりの生き方に、選択に掛かっているということを、50年間にわたっておっしゃってこられました。

それが『ホピの予言』の大変大きなエッセンスだと私は思っております。

 

会 場: (拍手)

 

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シンポジウム2005「スピリチュアリティと平和」 ~ 2005年11月27日

<第二部> こころと世界をつなぐムーブメント 

シンポジウム2005「スピリチュアリティと平和」 

20051127

<第二部> こころと世界をつなぐムーブメント

上 村: では、最初に、比嘉さんに瞑想の方をお願い致します。

まだお席についていない方もいらっしゃると思いますが、お静かに願います。では、比嘉さんよろしくお願いします。

 

 比嘉良丸さんによる祈りの言葉と歌

 

比 嘉: 今日の善き日、11月27日、旧暦10月25日、天と地、母なる大地、そして天の父、すべてを調和させる神の愛。天地、すべてを調和される神。東西、南北、四方、八方、水、火、海山川、太陽と月、自然の仕組み、命の仕組みを司る自然の法則に、感謝申し上げます。

 

われわれ人間がこの地に命を頂き、その命を、神の御許からの、われわれ人間すべてが神の子であり、神の使い人であることに気づき、日々の暮らし、生活、当たり前の生活の中に、本当の平和、本当の心の豊かさ、本当の宝が、すべて足元にある。

決して遠く離れた場所にあるのではなく、自分自身、心にまことの神が住み、神の声を聴く、見る、感じる中から、自分自身まことの、当たり前の生活の日々の形に、未来に本当の平和をつくる力がある。本当の愛がある。

 

その愛は、自分自身を慈しみ、親兄弟、そして夫婦、家族、本当の愛を、われわれが与えられた生活の中から、本当に大事な源を見る心の目をもち、そこから世の中に、世界に、本当の祈り、本当の自然に対する感謝をし、そこに本当の弥勒の世をつくる力が、われわれ一人ひとりに気づきさすよう神から導き、そして一人ひとり神の子として、神の使い手としてお使い下さいますようお願い申し上げます。

 

♪(歌)

天主の光 身に受けて 大地の 愛に 包まれて

三千世界の建て直し 何万年の仕組みをば

小さき小島の沖縄で 

 

いかなる いぶしき海川も

野に山悟し 岩戸降り

天道さとすも神々の 愛と誠の力なり

 

この世を救う生き神は 四方を飛び出て扉開け

誠の心で世を救う

つとめた人の 努力なり

 

天(あま)がしたに 住む我は 神の御教えよく聞いて

みろくの 御世に 建て直し

平和と 繁栄 守るなり

 

この世に 生きる 道諭し 親の 恩をば 胸にうけ

鏡は 世界を 照らすなり

末代受ける 光 愛

 

八島に降る 陰陽の 誠を生かして 歩むなり

ああ 尊い 父の光

ああ 尊い 母の愛

 

天地、父、母、天地人、仕組みをもって我々人間がまことに神の子として神の使い手として、この世に、四次元と三次元のきちんとした、歯車がかみ合っている普遍の平和の力、弥勒の世をつくる力でございます。

 

まず三次元の生きる道にきちんと足元を一番大事なものを失うことなく、三次元にきちんと足元をかためて、そこから四次元の神のせかい、四次元をきちんと見据え、四次元と三次元の中に自分の魂、精神をきちんと意識を据えて、これからの時代、まことの弥勒の世をつくる、よき人間としておつかいくださいますことをお祈り申し上げます。ありがとうございました。

 

会 場: (拍手)

 

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小林(正弥): ありがとうございました。皆様今お聴きになってお分かりと思いますけれど、このシンポでは、公共的霊性という考え方に従って、あるひとつの宗派の考え方からだけ平和を語るのではなく、様々な観点から平和を語るということで、稲垣先生からはキリスト教の観点、そして島薗先生からは新宗教、新新宗教、あるいは霊性の観点にも触れて頂きました。そして吉田先生には仏教の観点、という形にお願いをしました。

 

では一部の残りの時間では、まずパネリストの方々との間で、できれば二回パネルディスカッションをして、その後、フロアの方々からの質疑応答を行いたいと思っております。

 

今回のシンポのテーマはやはり、スピリチュアリティと平和ということであります。スピリチュアリティという概念は、人によって様々な定義があるのですけれども、私たちはこれを、宗教的なものと、それから必ずしも宗教と呼ばないようなスピリチュアルな観点と、両方含むようなものとして使っております。

 

ここでもう一度、このシンポの全体のテーマである、内面的平和と外面的平和ですね、あるいはスピリチュアリティの観念と平和の関係についてなど、もう少し補足説明とか、自分の独特の観点について、お話して頂きたいことがあればお願いしたいと思うのですが、いかがでしょうか。

では島薗先生お願いします。

 

島 薗: 私が申し上げたかったことを、他の先生方、他のパネリストの方が「公共的霊性」という言葉に即して話してくださった。この公共的霊性ということを小林さんや稲垣さんが提唱しておられまして、あまり文句がないといえばないのですけれど、何かそういうふうにならなきゃいけないのかなあというのが、少し、型が先にあるのかなあ?というのが一つあるのですね。それで、もう一つはですね、そんなにうまくいくかなあということがあるのです。(会場:笑い)

 

それで、こういう宗教はいつも、今までの宗教はうまくいかなかった、あるいは今までのスピリチュアリティはうまくいかなかったので、あ、これだ、というふうにですね、これが宗教とかスピリチュアリティとかあるいは思想というものの特徴じゃないかと。それでそれはそういうものは必要だとは思うのですけれど、やはり覚めて考えてみると中々そうはいかない。何でこんなに対立が起こってきてしまうのか。みんなそれぞれに、ここにこそ鍵があると言ってきたのに、どうしてそうなってしまうのか、ということを考えると、非常にゆるく、我々は理想に向かっていきたいのだけれども、中々そうできないで、地を這うような生活をしているというか、やっとこさ、何とかここまで来たというのが、多くの実感ではないかと思います。

 

そういうところから何かやっていける。そのときに、理想は、あまりこう、はっきりした枠で出て来ない方がいいんじゃないかなあというので、公共的霊性という言葉を、ややもう少し柔らかくしてくれないかなという感じで思っているわけです。(会場:笑い)

 

小林(正弥): ありがとうございます。実はですね、地球平和公共ネットワークでは、「平和への結集」という動きを促進しようと、一生懸命働きかけています。これは、既存の平和運動、あるいは政党も含めて、平和に向けて、ばらばらではとても現在の危機的状況に対応できない。ですから多くのグループが力を合わせていこうということなのですね。

 

その中で宗教的、あるいは霊的な運動というのは非常に重要だと思うのですけれど、実はその中ですらばらばらであるという状況もございます。その意味で、スピリチュアルな領域における、平和への結集も促進したいと思うのですが、今の島薗先生が少し面白い問題を提起して下さいました。これについて、いかがでしょうか。他の方々のご意見として。では吉田さんお願いします。

 

吉 田: 稲垣先生から最初に、スピリットの話を出されたのですけれど、あの話を聴いていると、これは、霊性と言ってもいいのでしょうけれども、むしろ、命ではないかなという気がするのですね。心に限らず、心も、ものもすべて含めた、命の働き、そういうような所がスピリットの元の意味ではないかなあと思うのですね。

 

ルーフというのは、サンスクリット語では、風という意味です。風と息とは通じていまして、「息」をすることによって「生き」る、それこそが、我々の根本の働きなんだというのが、古今東西の話なのですよね。

 

そこを忘れてしまうと、大海ではなくて泡つぶになってしまう。あらゆる宗教が、実は例えばこの私のレジメの最後に書いたのですが、「友になる」、友というのが理想なのですね、「共」にあって「友」である。仏教のですね、弥勒菩薩、マイトレーヤ、あるいはインドのミトラ、それから、マズダとか、ミスラ教のミスラとか、メシアもそうだと思うのですけれど、「友」という意味なのですね

 

我々が待ち望んでいるものは、将来にあらわれて、人類を救ってくれるようなものは、「友」なのだ。みんなが「共」にあって「友」となる。これなんだというのですね。あらゆる宗教が目指しているものは、小さな我から解放されて、生死から解放されて、そして「ホーリー」(holy:wholly)なもの、聖なるものに到達する。「全体」(whole)をひっくるめた、「健全」(wholesome)な姿ですね。

 

仏教では、指月、月をさす指といいますけれど、私は自分の子供に、ほらあれを見ろ、というと、私の指を見るのですね。花を見るのではなく指を見る。われわれはですね、いろんなイズムとか、結局われわれが、罪をおかすというのは、このイズムとか、にエゴにとらわれることなのですけれど、つまり指にとらわれて、その先の真理、月ではなく、指の方、言葉にとらわれる、観念にとらわれてるわけで、この所を考えなければいけないと思うわけですね。

 

霊というと、霊魂とか、すぐ個人的な存在と思ってしまいますけれど、むしろ命とか聖、Holinessとか、聖性といった方がいいのではないか。まあ、できれば何も言わない方がいいのではないか。

(会場:笑)

 

小林(正弥): はい。実は私たちは、自由、平等、友愛の中で、近代、友愛ということを忘れていたのでは、ということで、友、あるいは友愛ということも強調しています。では、稲垣先生お願いします。

 

稲 垣: 最終的には禅の立場でしょうか、何も言わない方がいいと、沈黙。霊の働きは命である。それはまったく私もそのとおりだと思います。三つに、とりあえず、いろいろ出てきた話を私なりにまとめてみますと、私は、対神、または対仏、仏といってもいいのですが、または超越というものに対峙する私というものがあるという意味での、対超越というものがあるというのが一点と、それから、私とあなた、という意味での、対他者、対人、関係ですね。この中にやはり働くスピリチュアリティというのが二番目。で、それからしばしばと出ている、自然との共生とか、いわゆるエコロジーのレベルで、私たちはスピリチュアリティというものをやはり使いますよね。ですから、対自然と、そういうふうな所に働くスピリチュアリティ。3つぐらいに分けて、対超越、対人、対自然。で、これのどれに対しても私は今、人間がスピリチュアルな存在である、ということに、自覚的に関わっていくということがすごく大事だろうなというふうに思っております。

 

共に、ということを、吉田先生はおっしゃいましたけれども、まさに対人関係において、私と他者というものが共に協力する。で、私とあなたとは違う。私は、違いというものがものすごく大事だと思います。同じになる必要はないと思います。私が私自身のこのアイデンティティーを持っている。それに対してあなたはあなたのアイデンティティーを持っているということがとても大事なことで、この違いというものを、あえて一緒、同じ、という必要はないし、してはいけない。しかしながら、共に協力をしていこう。そういう他者に対する愛とか寛容さとか、それがスピリチュアリティの根本にあるというふうに思っています。

 

それから島薗さんから出されてきた、もう少し柔らかくしたら、というそういう議論に対しては、全く同感なのですけれども、やっぱりスピリチュアリティの問題というのは、例えば日本の歴史を振り返っても、60年前は私たちの国は戦争をしていたわけですけれど、そこで出てきたのはある種のスピリチュアリティなんですね。

 

1937年に、国家総動員法という法律が制定される。そのときに、国民精神、総動員、というか、国民霊性をすべて傾けて戦争にあたっていこう、とそういう働きがものすごくあった時代を、私たちはやはり経ているという歴史性は無視できないので、もちろん今私たちがスピリチュアリティといった時に、それを反省した上で、なおスピリチュアリティが大事なんだということを言いたいんですね。

 

ですから最初に私は、国家とかそういうものと結びつく霊性というものが現にあったし、私たちも、いやというほどそれを体験してきた歴史があるので、そこを断ち切った上で、私たちの小さなグループ、それぞれが多様に違うものを持った、そういうふうなグループが寄り集まって、私たちの市民、そして市民社会を形成していく、それぞれの固有のスピリチュアリティをそれぞれが持ちながら、互いに調和して共に歩んでいく、

 

そういう意味のスピリチュアリティー、協力というふうな意味で、私自身は、連帯、友愛、そして協力というふうなこと、さらには、今、隣国との間で問題になっている、靖国問題は典型なのですけれども、やっぱりあそこにあるのは、英霊をまつる、英霊を顕彰するという一つのイデオロギーがずっと日本にはありました。

 

あれはやはり、霊なのですよ、あの問題自身が。ですから、私自身は、やはりアメリカの非常に原理主義的なキリスト教も危うい。その姿を、たえずクリティカルに批判的に見ているのですけれど、同時に足元にあるその日本的原理主義の危うさというものに、私たち自身がですね、やはり気づかなくてはならないのですね。

 

どうも私自身思うのですけれど、今の日本の社会情勢全体を見ていると、あぶなっかしい方向に霊が働いているなあと、そういうふうに思うので、あえて国家とは断ち切れ、とそういうふうなことを言いました。

 

小林(正弥): ありがとうございました。「平和への結集」では、稲垣先生のお話しになったようなこと、例えば、「和して同ぜず」という言葉を強調しています。完全に「同じ」である必要はなくて、お互いに協調しながら、しかし和す。逆に「同じて和せず」は、小人なんですね。「君子は和して同ぜず」という言葉を、あえて強調しています。

 

いろいろ宗教、宗派の間で考え方の対立というのもあるのですが、そこは、宗教間対話ということを強調しながらみんなで一緒に行動していくということを願っています。

 

ではもう一巡ということで、この第一部は、第二部とまた違って、「公共的霊性と地球的平和」というタイトルを付けています。実は問題意識は同じなのですけれども、公共的霊性というと何か分かりにくいという感じがあって、第二部あるいは全体のタイトルについてはどうか、という意見もあったので、第一部のタイトルにしたということなんです。

 

既にこれについては、島薗先生の方からのご意見、あるいは稲垣先生の方からのリプライがあったり、先ほどの初めのプレゼンテーションでも、霊性というのは危ないかどうか、というような議論があったのですね。それで、初めに申しましたように、私の意識としては、このシンポを聞いて帰ることによって、スピリチュアリティということを言ったり語ったりするのは全然危なくないんだと、こういう点に気をつければ危なくないんだということがはっきり分かって、これからどんどん声をあげていこう、というようなことがみんなの中で気持ちが出来ていけば大成功なのではないかなという気がしております。

 

パネリストの方々は、研究者であると同時に実践的な面もお持ちですので、こういった事柄についてご意見やアドバイスを頂ければと思うのですがいかがでしょうか。では島薗先生お願いします。

 

島 薗: すみません、私は、広げた方がいいのだけれど、スピリチュアリティは危ないままだという点でですね。というのは、後からお話になる、すぐ前にいらっしゃる山川さんとか星川さんとかが、こういうスピリチュアリティとか、精神世界とかいうようなことを、分かりやすく日本の社会に広められた頃というのは、本当に新しいもので、非常に希望に満ちていました。

 

しかし少数の人しか興味を持っていなかったということがあると思うのですね。それはもう、本当に先駆的なお仕事で、それでどんどんどんどん、広まってきまして、今はもう本当に、私は根づいたとか地に足がついたとかというのですけれど、スピリチュアリティというのは、言われてみれば、自分のことだというふうに、非常に多くの人が思うようになったと思うのですね。

 

ですから例えば教育というと、今の子供は、大事なことを忘れてない?命の大切さも分からなくなってしまった。とするとそこで、どういうふうに教育を変えたらいいんだろう。たとえば命の大切さ、命。というとそこはもう、スピリチュアリティの世界ですね。それから病院にいくと、お医者さんには何か大事なことが欠けているよね。専門的な体を見てることはしているんだけれど、人間を見ていないのじゃないか。そこにはもう、スピリリュアリティがある。

 

ですからあらゆるところにスピリチュアリティがあって、あるいはスピリチュアリティの必要性が自覚されていて、どこからでも湧き出てくるような感じになっている。そうするとその中には、いろんな、そういうものを、ある立場の団結のために、その方に流れていくとかですね、そうすることにはやや無理がある。自分たちの力を発揮するために使おうと思ったので、別の人と対立しちゃうとかいうようなことが起こりかねない。色んなことが色んな所で起こっているではないかなあと。

 

そういうことを、仕方ないというのではなくて、その公共的霊性の方に水路づけるということが必要なのですけれど、それは、その場その場で色んな形があるので、柔軟に、やっていかなくちゃならないのではないか。その場合には、少し妥協というか、柔軟性というか、曲がっていくのかなというのも、やっぱり、自分だって時に曲がった方に行っても許容してもらえるというような、共にあるあり方。というのが必要なのではないか。そういう気持ちになって帰りたいなというようなことであります。

 

小林(正弥): ありがとうございます。公共的霊性という言葉は難しいですけれど、例えば私は政治哲学、政治学を研究しているのですけれども、この観点から考えると、非常に実は、公共的になるかどうかは非常に大事です。というのは、例えば福祉の問題、教育の問題、平和の問題、環境の問題、こういうことについて色んな政策があるわけですね。

 

こういう政策や法律を作るときに、スピリチュアリティを意識した作り方をするかしないかということで、全然変わってくるのですけれど、スピリチュアリティが公共的になっていなかったら、そのような観点をふまえた法律にできるはずがないのですよね。みんなが「これが大事だ」という気持ちがあって初めてそれにふさわしいような仕組みになる。

 

ですから私はこれが公共的なものになってほしいなあと思います。ただしやはり、日本の現状を考えてみると、オウム真理教の問題は大きいなと思っています、それまではスピリチュアリティーへの関心はかなり盛り上がってきたような気がしたのですけれど、あそこでぺしゃっとなってしまったのではないかなという気がしています。

 

それで私のレジメでは、カルト問題にやはり注意する必要もあると思うので、取り上げています。カルトといっても全部悪いわけではないのですけれど、特に危険なカルトはどういうものかということについての、色んな見分け方なども挙げてありますので、ご関心があれば、見て頂きたいと思っています。では吉田先生お願いします。

 

吉 田: 我々、目を覚ましていない、ということは、お釈迦様だけではなくて、フランスの有名な、フランシス・ベーコン。近代を打ち立てたような人ですけれども、「知は力なり」、と言った人ですね。我々はどういう間違いをしているかというと、4つのイドラがある。

 

要するに、偶像であり、幽霊のように、幻想を持っている、共同幻想を持っている。4つは、洞窟、個人の洞窟ですね。個人のイドラの像ですね。個人、動物。それから、アゴラ、広場ですね。社会が持っているもの。それから、劇場、我々こういう高い所から話すと、いかにもそうだと。ニュースが流れてくると、いかにもそうだと思ってしまう、信じ込んでしまうんですね。偉い人が何か言うと、信じ込んでしまう。

 

第四は、種族のイドラ。人間として我々は、色んな偏見を持っている。人間が一番動物の中で偉い、とかですね。そういうことを考えている。私はここに第五を加えたいと思うのですけれど、シンボルですね、言葉。言葉については、やはり言葉というのは、真理ではなくて、仮の姿。(指月の)指でしかないということをいつでも考えておく必要があるのですよね。だから、心でもいいだろう、精神でもいいだろう、スピリチュアリティでもいいだろうと思うのですが、それに囚われないということが必要、大切だと思いました。

 

もう一つ人間は、特に物があれば、という、考えですね、食べなきゃいけない、住まなきゃいけないということで、物ということにこだわってきました。五千年来、文明というものが築き上げて、ピラミッド、金字塔、まったく金による、三角形の、ピラミッド社会を築き上げてきましたけれども、こういう迷妄を早くかなぐり捨てないといけない。

 

本当の豊かさというのは、心の豊かさですね。物で我々は、妨げられ、奴隷になってですね、見えない世界が心には見えている。やはりこれに行かないといけないし、みんなで共同して何かをやる場合は、やはり、さし、(月を指す)指にあるのではなくて、(目指す所は)争うのではなくて、行動の面で、一緒になって、やれ(る)。これは、殺さないとか、盗まないとか、嘘を言わないとか、そういうことは協同できるわけですから、みんなでこれは守っていったらいいと思うのですね。これは地球倫理です。

 

小林(正弥): ありがとうございます。禅の観点ということで、スピリチュアリティーの関係で思い出すのは、鈴木大拙という、戦前に、日本の考え方、禅の考え方を世界に広げた。この方が、『日本的霊性』という本を書いていて、実は事前の研究会で非常にこの本が議論されました。

というのは、鈴木大拙はそこで、日本的霊性というのは、禅と真宗にあると言って、神道にあまり無いと言ったので、神道の専門である鎌田先生が、それはあるのだと言いました。

 

今日も斉藤さんがそういう話をしてくださいましたけれど、こういうことで、霊性をめぐる宗教間対話というのも非常に重要だと思っています。これは地球的平和について論じた、9月11日以降の会議の大テーマとなった所でして、その意味でも、こういった議論は今後も続けていく必要があるのではないかと思っています。ではこの他、稲垣先生、いかがでしょうか。

 

稲 垣: スピリチュアリティーという言葉が、割と日本語の中に入っていった、これはカタカナですが、一つの経緯に、多分1999年の、WHO世界保健機構における総会で、健康というものの定義をした時に、これが入ってきたと思いますね。身体的、そして精神的、そして社会的、に良い状態、これが健康だと今までいわれていたわけですね、WHOの憲章の中に。1999年の総会で、それプラス、スピリチュアリティーとしても良い状態、ということを付け加えることによって、全体的にホリスティックに、健康というものが人間に与えられる、と、そういう考え方が出てきたと思うのですね。

 

私自身は、その議論というのはむしろ、スピリチュアリティーというのはもっと根源的な所にあって、たとえば身体的、精神的、そして社会的なものに対して、こう働きかけていく、元の人間の根源にあるものだというふうに理解しています。ですからその根源ということであればやっぱり、生きる、病気になって、そして人間はやがて死ぬ、そういう、生、老、病、死、のですね。

 

私自身は、その議論というのはむしろ、スピリチュアリティーというのはもっと根源的な所にあって、たとえば身体的、精神的、そして社会的なものに対して、こう働きかけていく、元の人間の根源にあるものだというふうに理解しています。ですからその根源ということであればやっぱり、生きる、病気になって、そして人間はやがて死ぬ、そういう、生、老、病、死、のですね。

 

特に、病気とか死とかそういう所で、深くやはり人間は自己を見つめ、そして自分がなぜ生かされてきたのかをもう一度振り返り、そして感謝しつつ、死んでくという、そういう人間の根源的な働きですね。

 

悲しみとか、そして喜びとか、苦しみとか。そういうものの根源に、スピリチュアリティーがあると思うので、そうですね、危険とか、そういうふうには私は全然思わない。むしろ大事な概念だ。もっともっと公共の場でこういう議論をたくさんやっていいなと、そういうふうに思っている次第です。

 

小林(正弥): ありがとうございます。先程、オウム真理教事件の話をしましたけれど、考えてみるとあの頃が、スピリチュアリティについての目覚めが非常に広がってきたけれど、まだあの時は、プライベートな領域が多かったかなと。それで私は、このシンポを一つのきっかけにして、これからパブリックな領域に広げていって、スピリチュアリティーへの関心をもう一回盛り返す、盛り上げることができればいいなと思っています。

 

その時にやはり大事なのは、例えば政治学の観点からいうと、「やはりスピリチュアリティというのは、ある宗教の考え方なのではないか。だから他の宗教を阻害するのではないか。まして、日本の国家宗教になってしまうのではないか。」という危惧がありえます。こうなると、それはとても危険だということになります。あえて、スピリチュアリティという一見、危険に思われる言葉を選んだ理由というのは、スピリチュアリティというのはやっぱり、「特定の宗教を超えた何かがある、色んな宗教に共通する何かがある」ということなんですよね。だから、言っていること、あるいは儀式の仕方、等々は表現は違うけれども、そこに普遍的で共通的な何かがあるのではないか。

 

そういう意味では、先程、吉田先生が少し触れられた、地球倫理、いろんな宗教的伝統に共通する、地球的な倫理があるのではないかという観点とも共通すると思っています。

 

( 中 略 )

 

まさにWHOの議論なんかを考えると、公共的霊性、霊性の公共的な認識、広がりというのが、日本内部だけではなくて、世界的にも大きな課題になっていっていることを表すだろうと思います。

 

私はある意味で、オウム真理教事件というのは、正面からこの事件の原因を直視すると、色んな点を学べると思うのですね。

 

例えばもちろんオウム真理教もある意味で、スピリチュアリティを強調していたと思うのですが、手法が非常に暴力的であったということは確かですよね。まさに「スピリチュアリティと平和」というテーマからして、彼らは日本全体を変えようとしたわけですけれど、革命を起こそうとした時に、暴力的な手法を使ってしまった。これは平和的でないという点で、まさに稲垣先生のおっしゃる非暴力的構造と正反対のアプローチであった。

 

内閉化という言葉を使われましたけれど、私のレジメでもこの点を強調しています。組織の内と外を分けていて、外側からの情報を遮断し、内側は規律で固める、これは政治学からみると、全体主義に他ならず、ナチスとか、あるいはスターリンのソ連などでみられた、非常に危険な発想がそこにあったというふうに感じます。

 

ですからこれは全体主義的な霊性です。やはり今日では、近代以来の大きな達成として、人間一人ひとりの自由とか個性とかそういったものが強調されているので、それを前提としたスピリチュアリティでなければ、絶対に公共的なものにはなりえない、危険であるというふうに私は思うわけです。

 

私自身が最近開始した、フィロソフィアというグループでは、プラトン哲学やルネッサンス期の哲学に注意を向けて、これからはスピリチュアルなヒューマニズムというものが大事だと主張しています。人間の個人、個性というものを強調しながら、スピリチュアルな発展というのを達成していくという考え方が大事だということをお話しています。

 

色々と貴重な洞察を、パネリストの方々から頂きましたけれども、フロアの皆さんも、色んなことをお聞きになりたいと思います。時間が限られていますので、申し訳ありませんが、一人1分、せいぜい2分で質問頂きたいのですが、どうでしょうか、どなたが最初に質問されますか。では、お願いします。

 

参加者: 吉田先生がさっき触れておられましたように、結局、人の、物欲、金欲、自分可愛さ、こういった我欲が今、世界中に蔓延しているわけで、それを中々解き放つことが出来ない、縛られてしまっている。これが解消されることがやはり、今起こっているいろんな問題が良くなっていく、非常に重要な、個のポイントだと思うのですけれども、我欲を解き放つということを、多くの人が簡単にできるような方法論について伺います。結局、今までの色んなスピリチュアルな方法論の中で、何かが足りなかったがゆえに、中々それが世界中でできない状態でいる。それについては、どう考えられますでしょうか。何かそういう、新たな考え方あるいは方法論は何かお持ちでしょうか。

 

小林(正弥): はい、ではどうでしょうか。どなたか。

 

吉 田: えー、大変悩ましい質問ですね。仏教というのは、個人が目を覚まさないことには、これを、中々、覚ませ、覚ませと言っても、中々覚ますことができないし、いったん目を覚ましたところで、究極の悟りだなんて、そんなことはあり得ないと、我々業がいかに強いかですね。

 

こうやって体を持っているのも古い業の結果ですから、そして脳を持っているのも、古い業の結果ですから、毎日毎日、毎瞬毎瞬、一人ひとりが、じっと座って、我々の業の働きを止める。体がすぐ動いてしまうのを、かっと怒って殺してしまうのをやめる。口を開かない、心の欲望とかそういうものを止める、そういうことを毎日毎日、何とか日常の生活の中に取り入れていかないといけないし、

 

それはだから今、なるほどそうかそうすれば、業から離れて、我々の観念から、生死の迷いからも離れるんだ、ということがわかれば、だんだん広まっていくと思いますので、この広まるかどうかというのが、今の大問題ですよね。

 

今、あれですよね、色んな情報革命とか、様々な交通も発展しましたし、ぜひ、今までのピラミッド型の社会を変える、先程言った、帝釈網ではないですけれどもインターネットや何かでですね、もはや中央集権ではない、集権をしない、個々人が目を覚まして、それぞれがセンターになる、センターレスセンターというようなものができるように、我々一人ひとりが努めなければならないと思います。

 

小林(正弥): はい、今の質問はおそらく第二部の方でも重要な問題だと思いますので、そちらの方でも必要があればさせていただきたいと思います。

私達の方ではArt of Peace(平和芸術)ということをこのネットワークで強調しているのですけれど、今後、Spiritual Art of Peaceというものも開発してゆきたいのですので、ぜひご協力ください。

 

参加者: いつも少し疑問に思うというか心配なことなのですけれど、今日いろいろお話頂いた先生方とか、この会場にお集まりの方というのは、ある程度、同じようなものを志向していまして、その話も納得できるし、ゆるやかなつながりでもって、一つの新しい方向性を持とうとしていることはすごくよくわかる。僕もそういうものは普段から自分で個人的に発言したりするのですけれど、その時に一番気になるのは、そうじゃない人が当然一杯居るわけですよね。

 

僕らの立場というのは、あらゆるものは共存すべきだということで、受け入れるわけですよ。それでそういう個々の違いを認めながら、「みんなで一緒に仲良く暮らそうと、そういうものが僕らの目指すものだ」という枠組みでいるのはいいのですけれど、そうじゃない側からの「あなた達はおかしいんだ」という意見がよくあるわけですよね。

 

現にこの今の社会システムというものは、このような人達がかなり強い力を持って牛耳っているわけです。それを、「あらゆるものは価値が認められて同じにあっていい」という立場から、それでいながら、そうじゃない価値の人に対して、「あなたの言っていることはやっぱりおかしい」というような、その議論の成り立ち方が、ちょっとよく見えてこない、というのがあるのですけれども。

 

小林(正弥): いかがでしょうか。では稲垣先生。

 

稲 垣: 公共的霊性ということで、公共という言葉を提示しなくてはいけないのですけれども、一つは、異質な他者との、共存の領域だというふうに定義することができると思うのですね。

 

すると今おっしゃったような質問が、まさに公共的な領域、ないしは公共圏で、議論しなければいけないような内容であるけれども、あまり今日は語られなかったと。そういうふうなご質問だと思うのですね。で、もう一つ、公共圏に対して、親密圏という言葉を今導入致したいと思うのですけれど、比較的、コンセンサスが得られやすい、親密な間柄というもので話している時はいいのだけれども、そうではないような、

 

全然違うタイプの、または違う宗教の集団と対峙している、そういうふうなことに私たちはどう立ち向かうべきかということだと思うのですね。で私は宗教とスピリチュアリティというのは関係していると思うのですけれども、例えば、すべての世界の宗教が、今この時点で、歴史性をずっと背負っていますので、同じスピリチュアリティを持っているという、―――――(テープ切れ)

 

参加者: 公共的霊性をキーワードにして平和に向かうという形の考え方というのはよく分かったのですけれど、公共的霊性というのは、自分なりの解釈をすると、周りの人に向かう自我だと思うのですけれど、それというのは、仏教では少し否定されている部分ですよね。無我になって解脱へ向かう方法が仏教では説かれていると思うのですけれど、そうすると、仏教において霊性というのは認められることなのでしょうか。

 

小林(正弥): ありがとうございます。ではもう一人くらいどうでしょうか。

 

参加者: 横浜から来ました。もう年とってますけれど、戦時中というか、敗戦の年に、家も焼かれ、何も焼かれ、全部、失った。友達も何も残されなかった。そういう経験を持っています。それを前提にして言いますと、今日本は、ものすごく豊かだから、大体みんなバランスとれちゃってますからいいのですけれど、アジアひとつ見たって、とてもじゃないけれど、本当に飢餓に悩んでいる人がいっぱいいるはずと思うのですね。そういうことも含めて、公共的霊性というのは、どういう形になるのだろうか、というのが根本的な疑問です。

 

小林(正弥): もう一人だけいきましょう。ではお願いします。

 

参加者: アメリカのブッシュ大統領なんかも、キリスト教でいらっしゃるようで、議会でも宣誓とかやっておるのですが、ブッシュ大統領も、いわば、スピリチュアリティを持っている方だと思うのですが、それがいわゆる公共的霊性、我々の思っている公共的霊性と、どこが違うのか、教えて頂きたいと思います。

 

小林(正弥): はい、色々な質問が出ました。時間の関係で、質問の方はこれで打ち切らせていただきます。最後に、今色々出た質問の中でお答えいただける部分、感想など今日のメッセージとして言いたい部分があれば、順番に話して頂きたいと思います。

 

稲 垣: 今のアジアの現状、飢餓が、日本では全然考えられないですけれども、アフリカ、アジアには、やはりずっと広がっている、そういう現状を踏まえてということですけれど、これは、やはり私は、霊性、スピリチュアリティの非常に大事な面だと思うのですが、そういうものに対して、例えば、ボランティアグループができて、そして彼らと共に、彼らの問題を話し合い、そして援助できるところは援助する、とそういうボランタリーのグループが結成されていく、現に結成されていますけれど、その結成されるところに、私は、スピリチュアリティというものは必ず語られているというふうに思うのですね。

 

ですから、違うタイプで、仏教的なもの、キリスト教的なもの、違うタイプで働くかもしれないけれど、いずれにしても、そういうボランタリーなグループがたくさん出来て、そして国境を越えて、そして共に協力していくというのは、公共的霊性の非常に大事な要素だというふうに思っています。

 

それからブッシュ大統領のことですけれど、アメリカは、キリスト教徒の数がすごく多いのですけれども、公共性、公共哲学という観点から私なりにそれを評価しますと、私的なレベルでの信仰、信仰はスピリチュアリティの表現ですけれど、そういうものが、一人ひとりにあって、それがいきなり私的なプライベートなレベルのものが、公のレベルにどんと上がってきて、で大統領選挙の時にものすごい票の集まり、というふうなことが言われているんですね。

 

公というのは、国家ということです。要するに、大統領を選挙する。大統領というのは国家機関ですから、私と、それから公の、ものすごい隔たりというものが、ここに出てくるわけですね。私が強調したいのは、アメリカではその中間の領域である、様々なボランティアグループとか、そういう公共性のレベルというものが、今ものすごく枯渇しているなあとそういうふうに思うのですね。

 

いきなり大統領にそれを嘆願して、大統領や国会というものが法を制定して、そして、トップダウンにその法の制定によって強制力を発揮して、そしてモラルとかそういうものを国民レベルで上げていこうと、そういう発想自身が、やはり間違っている。やはりこれは、トップダウンではなく、ボトムアップに下から上にモラルを上げていく、そのためには様々なボランタリーグループができて、公共的な活動をし、その中で、互いに声をかけあって、そしてモラルというものを醸成していく、そういう国づくりということをしなければ、これはやっぱり、解決できない。そういう意味での公共性の大事さというのを、ここの所ですごく主張したいのですね。

 

島 薗: いわゆるファンダメンタリズムとか、宗教的ナショナリズム、インドなんかで宗教紛争が起こったり、あちこちで、起こっているのですけれども、その背後には、やはりそういう、発展途上国で日々の生活で、本当に大変な人たちの助け合いのきずなを、そういう宗教が提供している。

 

イスラムは、イスラム同胞団という、現代のいわゆるファンダメンタリズムのもとになるイスラム主義の団体は、昔、労働組合がやっていたような、草の根の助け合いを組織して、例えばパレスチナの、「ハマース」という団体もそうですけれども、そういうことをしているわけです。そういう力は、やっぱり少し、閉じるところが出てきているわけです。ですから、それを考えるときに、我々は豊かな社会で非常にゆとりがあって開かれた関係がむすべる。しかしそれは、それがしかし、そういうことをできるゆとりというものを当然としてものごとを考えてしまうと、逆に今の世界の問題とずれが出来てしまう。そういう豊かさからくるものを享受していることを守ろうとすると、現在の貧富の差から生じている不信を解消できない。

 

ですから、そういう閉じてしまうような霊性が出てくる原因は、むしろ開かれた社会にあるというか、そういうふうな見方が必要じゃないかと思うのです。ですから逆に、閉じた運動の人たちがどういう所で何を訴えたいかということに耳を傾けるというか、そういうようなことが必要ではないだろうか、というふうに思っています。

 

それから、そういうことから言うと、ブッシュ政権にあるような、アメリカのキリスト教、あるいは西洋社会のキリスト教の中に、やはりそういう拡張主義が常にあった、そういうものが相変わらず、イラク戦争において違った形で出てきているということで、何かそれは本当に仏教的にいうと人間の業みたいなものではないでしょうか。仏教もおそらくそういうものを解決できないのだという気がしてなりません。すみません。

 

吉 田: 「我」という問題が出てきましたけれど、もともと我というのは無いのですね。成長するに従って、我、我執、我見というのが出来てくるわけですね。それはしょうがない、業のものだから、何とか座禅をしたり何かしてやめると、あるいは、神というような、絶対者、あるいは無限の命、阿弥陀というのはそういう意味ですね。無限の命といいます。阿弥陀様といいますね。あるいは無限の光、無限の智恵という意味ですね。

 

そして初めて、もう一回作りあげた、あるいは小さな考えを越えるわけですけれど、だから本来は海なのです、自我に死ななければ、永遠の命は得られないというのもそういうことなんですね。我を超越しなければ、決して不死とかそういうものは得られない、その具体的なやり方は、十戒なり、殺さないとか、そういうものを守らなければ、天国には入れない、つまり永遠の命は得られないということなのですね。

 

ブッシュについては、あるいは貧困の問題については、フリーダムというのはみんな誤解していると思うのですね。フリーダムというのは、サンスクリット語で、フリア(プリヤ)ダーマン(priya-dhaman)というのですけれども、フリア(プリヤ)は、かわいいという意味です。ダーマンは領域です。かわいい領域。

 

我々家族の中とか親しいもの同士は、みんな分かり合っている。何か変なこといわれてもみんな分かり合って理解できるわけですね。そういう状況。あるいは馬を競演(調教)するのだって、ゴルフのクラブを振るのだって、みんな分かって、そして体も自分も、心だけじゃなくて、体もちゃんとそれについていって、そして一番親しい状況になるのが、フリーダムです。だから、自分の勝手をやるなんていうのは、とんでもない話なのですね。

 

いくら馬を蹴飛ばしても、馬は言うことをきいてくれません。一緒になって、可愛いがっていってやって、言う事をきかせ?世話をしてやって初めてそこにフリーダムの関係、かわいい領域、愛の領域が出きるわけですよね。これがつまり天国なので、これをすることは、我々、富める国は、富を守るために、軍隊とか戦争をするのではなくて、やはり、富める者は、みんなと分かち合って、そもそもが我々何もない、ゼロから生まれてきたわけですから、そして与えることによって初めて、本当の喜びが出てくるわけですから、笑顔を見る喜び、人の、あるいは一切の喜びは、見え(喜び合え、他者の喜びを喜ぶ)る喜び、それこそ本物の喜びなわけですね。本当のフリーダムを、共にするということになれば、戦争なんかあり得ないわけですよね。無駄な軍隊はやめて、平和で行きましょう。

 

小林(正弥): はい、ありがとうございます。

私からも一言。自己の問題は今おっしゃったとおりと思いますけれど、個を超える、超個というのが、無我につながると私は思っていまして、スピリチュアリティの観点と矛盾はしないと思っています。

 

二点目ですけれども、貧困の問題ですね、これはスピリチュアリティという関心が深まると、おのずと他の人に関心が向かうということで、福祉、国内および国際的な福祉の問題に、議論が高まっていくというふうに期待しています。今日それが無いことが、非常に福祉に対する関心を少なくしているということですね。

 

三点目、どうやって広げるかですけれども、私はやはり多くの人に共通するスピリチュアリティを明らかにし、それが学問や哲学とも両立するということを明らかにしていくことが、これを広げていく大きな方法だろうと思っています。

 

四点目、ブッシュですけれども、宗教的原理主義、キリスト教原理主義がブッシュ自身の信仰、あるいはその背景にあるものです。

 

今日のシンポジウム、実は全国の各地から、本当はぜひ来たいと、後で、映像とか活字を見たいという意見を随分聞いています。

それでは、第一部、若干時間を超過しましたが、非常に熱のこもった、発言と質疑をありがとうございました。

 

会 場: (拍手)

 

アナウンス: ありがとうございました。

 

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吉 田: 今見ていますと、皆さんばっちりメモされまして、真剣に聞いておられて、こういうクラスだったらいいなあと思ったところです。(会場:笑い)皆さんお集まりいただいて、きっと、平和という問題について、どうやったら達成できるのか、という強い関心をお持ちでここに来られたと思います。私も実は、もう40年くらいになりますか、会社に勤めていたのですけれど、毎日のようにベトナム戦争の写真が新聞に載りまして、たとえば裸になった子供たちが逃げ惑っているとか、こうやって隣の人にピストルを突きつけて殺す所が出たり、いたたまれなくなって会社をやめて、学校に戻りました。

 

何とか東洋の、あるいは日本の和の思想と、仏教の縁起の思想とか、そういうものを、アメリカ人にわかってもらいたいと、こういうことを考えて、学校に戻ってインド哲学や仏教をやりまして、そして、もう35年くらいになりますがアメリカに渡って、もう少し勉強を続けて、やがてセントルイスに禅センターを開きまして、ずっと朝晩、アメリカ人と座禅を組んで過ごしてきたのですが、最近ここ10年ばかり、日本に仕事の口がありまして、アメリカと日本の生活、半々ぐらいに行き来をしています。

 

日本では宗教学とか、地球倫理とかを教えています。今お話いただきましたけれど、そこにテーブルにもフライヤーがありますので、ぜひご参照ください。そういうことをやってアメリカに飛んで返って、すぐに朝晩また、アメリカ人と座ったり、あるいは刑務所を訪ねてみんなと座ったり色々やっているのですが、そういうわけで中々こういう話をする機会がないのですけれど、たまたまこういう機会がありまして大変ありがたいことだと思っています。

 

アメリカに行って、何とか平和をと思っている間に、日本の方でも平和が無くなってですね、だんだん非常にエゴイスティックな人間が大勢出てきて、まあニュースを見れば何も言う必要もないのですが、こういうことに関心を持って何とかしないといけないという関心がまた一方高まっていることは確かですね。

 

このテーマでありますスピリチュアリティと平和という問題が、今の世界の根本問題をあらわしていると思うんですね。というのは、心が無くなって、物と力に執着をして、自分さえ良ければいいと、エゴイズムが出てきて、そして戦争をおこす、テロが出てくる、環境を壊すという、さまざま地球問題群といわれるような、相互にすべて関係した問題群があらわれてくる。これを解決するにはどうしても、エゴを超えてエコ、もっと広い立場で、国家とか企業とかそういうものを超えて、全体の命、人間までも超えて、植物、山川草木、すべて一切との命の共同体であるという、大きな広い考えを持たなければ、もはやこの地球上の生命全体が破壊に導かれるという状況だと思うんですね。

 

これこそ、枠組み転換をしないといけない。大きな曲がり角に来ていると思うんですね。これがつまり精神革命。実は、宗教が出てきた、仏教が出てきた、今から2500年ぐらい前軸時代と言われるようにころっと変わったんですね。それまでの、農業をやってきて、生産革命(物の革命)をやり、都市をつくって、文明(都市化)により社会革命(力の革命)をした。そこで戦争とか、差別、搾取、殺戮というものが出てきた。

 

それを直すために仏教そのほかが出てきたのですけれども、中国、世界中にですね、そうして精神革命(心の革命)をした。それはまだごく少数の人間で、大多数の人間にまで行き渡っていなかった。でそれが今や、地球革命というか、生命革命(命の革命)を起こさないといけない、或いは、みんなが目を覚まさなくてはいけないという時に至ったと思うわけですね。

 

私は役割柄、仏教の教えを伝えるということになっているわけですけれど、仏の教えなのですが、根本は仏になる教え、ほとけになる教え、つまり目覚めた者になる教えなのですね。私は母が亡くなった夢を見て、床の中で泣いていたのですけれど、しかし目を覚ましてみると、それは夢であったとわかりほっとしたのです。

われわれ、夢の中で、悪夢の中でもがき苦しんでいますけれど、これはどんなに叫ぼうとしても叫べない。走ろうとしても走れない。目を覚まさないことには、これの解決ができないわけですね。仏陀というのは目覚めた人、それは悪夢から目覚めた人という意味です。

 

我々は眼を覚ましたと思っていますけれども、それぞれにやはり自我とか、国家とか、企業とか儲けとか、そういうものにとらわれて、偏見と俗の世界の見解。俗見で、やはり目が覚めていないんですね。「群盲象を撫でる」という、有名なお釈迦様の例え話がありますけれど、ある王様が、多くの目の見えない人達を呼んで一人ひとりその動物を、象を、さわらせて、どんなだったかと聴くと、縄のようだったとか柱みたいだったとか壁みたいだったとか言うわけですね。それでとうとう己の意見を通すために、喧嘩を始めた。これは目が見えないおかげで喧嘩を始めたわけですけれど、目が見えていれば全体像が見えるわけですね。目を覚まさないといけない。目を覚まさなければ決して我々は、解決することができない、ということですね。

 

そしてお釈迦様は、どういうふうに目を覚ましたかというと、この世の中一切のものは、じつは因縁によって起きている。因と縁ですね、直接的な原因、例えばもみから、間接的な条件、例えば水とか光とか、温度とか重力とか、そういうものが全部より集まって支えあって、稲が成長する。

 

と同じように、個人も心も命も、そして命全体も動いている、あるいは消滅する。ということなのであって、どこにも自我というような固定したものはない。ろうそくの炎は、一見、一定の形をしているように見えますけれども、蝋がとけて、一定の温度で、空気に、酸素によって燃えて、刻々に変わっているわけですね。

 

隅田川といえども、中には水が流れ魚が泳ぎ、岸が削れてゆく。それに隅田川と名前をつけて我々はこだわっているわけですけれども、あらゆるもの、国家といえど企業といえど個人といえど、すべてそういうふうに刻々に変わってゆく。一切のもののダイナミックな姿の中で変わっていく。現代の科学では、150億年前にビックバンが起きていると言う、そして様々な物質が出来て、その中に40億年前に命が誕生したと。

 

そして同じところから、同じ親からすべての植物も動物も、あらゆる生き物がこうやっていろんな形で生きている。しかし遺伝子は同じ形をしている。そして交換もできる。われわれみんな生きているものは、この内側にいる、あるいは外の樹も、飛んでいる鳥も、実はすべて40億才という、随分年寄りなのですけれど、こういうことに目覚めたならば、到底、相手を殺すとか、他の生命を痛めつけるなんていうことはできないはずですね。そこのところがわからない。

 

すべてが縁起、因縁のダイナミックな、無限の命。たとえて言えば自分は泡だと思っていますけれど、そうではなくて、空気、光、遺伝子、一切のものを考えると、実は大海原なのだ。一切が皆、つながりあった大海のようなものだ。これをあらわす仏教の例えが、帝釈網です。帝釈、インドラというのは印度の神話で一番えらい神様ですが、その神様が、宇宙に網を張っている。その網の結び目には、水晶の玉がついている。その水晶の球、ひとつを見ると、他の全ての水晶の玉が映っている。そのひとつの像を見れば、もちろんすべてが映っている。とこうやって無限にうつっている。

 

つまり、私たち一人ひとりに、遺伝子とか、あるいは他の一切の生物、あるいは宇宙、ビッグバン以来のすべてのものが反映されて、私たちは生かされているわけですね。そうしてみると、本当の命というのは、この皮膚をこえた、宇宙全体が本当の命だ。それこそ、もはや、死ぬこともない、病気にもなることもないという、すばらしい命なんだということがわかる。これが因縁生起、縁起というところから見える姿なのですね。

 

この因縁の法則というのは、科学でいう因果の法則と同じですけれど、科学は、対象を扱い、何とか自分の欲望に従って変えたいとか、そういうことをやりますね。常識というのも、自我があるという大前提で出発していますけれど、実際には、科学的に、あるいはもっと仏教的な深い見方からすれば、そういうものではない、みんながつながりあって、みんながダイナミックに影響しあって反映しあっている。

 

その一部の姿を見て、われわれは一部を見て、また自分の意見を通そうとか、あるいは自分の欲望を満たそうとか、我欲、そして我執によって、業をつくっていく。この業を、我々みんなが持っている、動物も持っていますけれど、それを止めないことには、やはり目が開けない、目が覚めない。それを止めるにはどうすればいいかというと、座禅をすればいい。

 

人間だけが言葉を持っていますから、嘘をつき、迷信深くもなるのですけれど、外の樹は、決して嘘をつかない、人殺しもしない。空気を与えて、鳥や虫に育てて巣を作らせて、そして宇宙一体となって成長している。星川先生から聞くところによると、八千年にもなる樹がカリフォルニアにはあるし、屋久島には多分、四、五千年ぐらいの樹があるのではないか。

 

人間はせいぜい生きても100年くらいですね。そういうふうにどっしりした所に座って初めて、真理というものが見えてくる。そこに初めて、平和、もはや何ものにもゆるがない、精神もゆるがない。戦争とかイデオロギーだとか、宗教だとか、様々なものにもゆるがない、そういう平和が築けるのだということが、実はお釈迦様が示してくださった。悟りを開いた後も、毎日毎日、座禅をしておられたのですね。

 

そうでないと、いつでも業があらわれてしまう。わたくしというものが芽をだして、日本人というものが芽をだして、そして戦争やなんかにつながっていく。あるいは、物と金がほしいというので戦争や何かにもつながる、環境破壊にもつながっていくというのですね。物と力、権力には限りがあります。それを買う金にも限りがあります。いくら金を出しても健康も幸福も買うことができない。ましていわんや、不死、死を超越することは買うことができない。どうしてもこれは心に寄らないといけない。心によって初めて悟りが開ける。目が開ける、目があく、目が覚める。そして、ああこうすれば平和が得られる、ということがわかるわけですね。

 

無限の命、無限の心という働きによって、初めて我々は本当の理解、了解、目覚めと、本当の平和、仏教の方では涅槃といいますけれど、これは、波風の立たない状態ですね。我々は、大海のような涙と血を流していますけれど、道元は言いました。われわれは、山河大地心を持たなければいけない。山や川や、大地のような心を。

 

今科学が示してくれたところは、我々命というのは宇宙なんだと。宇宙いっぱいの命なのだから。そういう心を持てば、環境問題も、人間の世界とか戦争とかそんなものも、すべて解決できるはずだということですね。

 

そこから私達は、今や国家とかそういうものを超えて、宗教とか、ましていわんや小さな泡を超えて、地球単位で、地球倫理という生き方をしないといけない。殺すな、盗むな、嘘を言うな。そして男女が平等に協同し合って、新しい世界を築いていこうというのが地球倫理です。何とかですね、これを早く大勢の人が目を覚まして、そして平和な世界を築けていければと思います。どうもありがとうございました。

 

会 場: (拍手)

 

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次は、島薗進先生です。島薗先生も私たちのメーリングリストで積極的に発言していただいています。

 

島 薗: 皆様こんにちは。小林先生と付き合ってよかったなあというふうに思って、こういう会に来させて頂きました。そしてこちらに居ますと10cm位少し高いもので、大体、どういう方がいらっしゃるかなと見ているのですけれども、本当に老若男女というか色々な世代の方がおられて、そのこと自体が非常に意義のあることだなと思っております。ここに居る人はいろんな人がいるのですが、宗教というと色々な立場の人が居る。

 

私は何教でもないというか、典型的な日本人みたいな人なんです。ですが、ここに並んでいる人にはある共通点があって、大体、世代が近いんですね。実は、この黄色い紙の中に生まれた年が書いてあります。(会場:笑)実は、小林さんだけちょっと、がたっと若いのですけれど、そういうふうに見えないかもしれません。それはそうとしまして、どうしてこういう話から始めたかというとですね、私が、平和ということを、本気でそのために何かしたいと思ったのは、1970年頃で、いわゆる学園紛争、それからベトナム反戦運動の頃でした。その頃を考えると、スピリチュアリティというのは、あまり無かった、60年代のおわりから70年代の初め、日本ではそういう話はあまり出なかった。

 

それで、北ヨーロッパでは、フランスのパリの5月革命とか、チェコでは「プラハの春」、人間の顔をした社会主義、中国では毛沢東革命で、今からは、何であんなものに憧れたのだということになるかもしれませんが、中国は希望の星みたいな感じがありました。その中にもあまり宗教はなく、むしろ社会主義がまだ元気が良かった。

 

それがしかし変わってきましたと思います。その頃そういうふうに、色んな有名になった人がいるのですが、その後でもまだ今から見ても有名で良かったなあと思うのは、ゲバラがいますね。ゲバラは、この間、伝記の映画を見ましたけれど、社会主義、共産主義者なのですが、何かやはり自分を捧げている。そしてそれが、すごく明るいものをみんなに与えている。

 

ですから、ゲバラ自身が決してそんなことはやらないかもしれませんけれど、何かとてもスピリチュアルな感じのある人だなという気がします。その少し後になって、それこそビートルズが大人気でしたが、ジョン・レノンのような人のスピリチュアルな、イマジンなんていう歌が出てきます。イマジンは何年でしょうかね、(客席:70年。)はい、70年。ちょうどその頃が境目ですね。私はその頃、学生をやっていまして、それこそ、マルクスとかマックス・ウエバーとか、そういうもので、社会を変えるんだということでやってきて、それで運動みたいな感じになってきたのですが、大変悲惨な状態になったという記憶があります。

 

それこそ、内ゲバとかですね、それから自殺をしてしまう友達とか、大学解体なんて言ってましたから、私自身もそこに混乱しまして、その時に思ったことのひとつは、そういう理想を自分は唱えているけれど、自分の中に何があるだろうと考えたときに、非常に寂しい思いがしまして、それでそういう思想を研究する、勉強するというよりは、宗教に学ぶというか、そういう方のことがやりたいと思った。

 

でも、特定の宗教には関わらないで、宗教には距離をおいて、いつもいました。それで、色んなものを見ているんですね、いわゆる、研究としては宗教学をやっているのですが、今、稲垣さんの話を聴いて思ったのですが、私はいろんな教会とかいろんな宗教施設を見て、その隅で座っているということが好きなのですが、本当に素晴らしいと思ったのは、アフリカン・アメリカンの教会ですね。

 

皆さん、スピリチュアル(黒人霊歌)の音楽がいかに素晴らしいかということは、ご存知だと思いますが、教会ですね、それもあまり公開されていない、小さな教会へ行きますと、本当にそこに、癒される霊が満ち満ちている。しかも、笑いがあり。私は図々しいのでですね、テープレコーダを持ってきていすの横に置いておいたら、横の子供が、アフリカアメリカンの子供ですが、そのテープを持って自分で遊びだしたので、持って行かれるんじゃないかと心配したのですけれど、そのうちころっと寝てしまいました。しかし周りは、みんなわんわん、わんわんやっているんですね。熱気にあふれて、何かしゃべれば必ず相槌が返ってくるんですね。God bless you!とか、ハレルヤとか。そういうものは、もし遠くから見ていたら、ああ、危ないのかな、とか、こんなに夢中になって、時には、トランス状態ですね、意識が変わってしまう。preacherも、着ていたものを投げ捨てて叫んだりしてやっています。

 

しかしそういうものが、スピリチュアリティのひとつの本来的なものではないかというのが、私の考え方です。ですから、そういう危ないということが、今、小林さんたちから出ているのですけれども、オウムの事件を経た後でこういうことを言うのは中々つらいものがありますが、スピリチュアリティは危なくて当然だ。それから、でも、どんな思想も、どこか危ないものと紙一重なんじゃないかなあという気がしています。そういうことに気をつけながら、しかし、やはり広く協力するということが、すごく大事だと思っています。

 

そこに書きましたのですが、去年、富士山の麓で、World Peace and Prayer’s Dayという集まりがありました。ネイティブアメリカンの平和運動のリーダーが来られて、世界中の、先住民の方々と連携をしながら、平和のことを祈っている。非常に心の清らかになるような一日を過ごしたのですけれど、そこにたくさんの方が集まっていらっしゃいました。こういう集まりで、日本の中でこんなにたくさん人が集まるのかという気がいたしました。

 

というのは、1970年代の終わりごろに、その頃から、もう宗教の時代は終わった。スピリチュアリティの時代だ。というふうな、精神世界という言葉が出てきたのでけれども、本当にマイノリティだった。若い人が少しそういうものに興味を持っていた。それがどんどん大きくなって、2000年、2004年には本当に大きな渦になった。そういうことです。地に足が着いたというか、老若男女、あらゆる人たちにそういうスピリチュアルなものを感じて、これは、私が1970年のあとに感じた、何かそういう、学問をやったり、世界や社会を変革してやろうという、そういうのでは足りない、まず自分の中に何か確かなものがなくちゃいけない、という感じが広がってきたんだなあと、そういうふうに思っています。

 

それでしかし、これは世界的に、そうしますとそれは、個人主義的になってくると思うんです。自分自身を確かめる、自分らしさを大事にする。そして、いわゆる宗教団体のように、組織をつくったり、教義で身を固めたりとか、それはおかしいんじゃないか。その直感にすごく共鳴しながらですね、しかし世界はどうだろうとみてくると、やはり宗教というものが、スピリチュアリティの根っことして、とても大きいのだと思うんですね、それは日本の中でもやっぱりそうです。それで、そういうことを考えると、本当に広くスピリチュアリティの輪を広げて行くためには、現在の新しいスピリチュアリティのスタイル、グローバルな広がりをもっていると思いますし、一種のコスモポリタンな感じもあるし、それと同時に、文明が分かれてしまう前の、先住民的な文化を中心としながらみんながつながっていける、そういうような感覚を持っている、そういうふうな、新しいスピリチュアリティと、宗教団体がもっている、やや堅苦しい、それぞれ危険があるといえば危険があるんです。そういうものが協力できたらどうかなと。

 

で、そこにWCRPというのを書きました。これは、World Conference of Religion and Peace。世界宗教者平和会議といいます。これは日本の神道、仏教、キリスト教、それから新宗教など、非常に多くの団体が加盟しています。世界で最も大きな宗教団体の連合的な平和運動組織といってもいいかもしれません。これが始まるのはしかし日本から始まったんです。

 

それで、どうしてこういうものが日本から始まったのかというとですね、戦前から日本は宗教が協力するような地盤がある。何のために協力するかというと、お国のために協力していたという伝統がある。だけども、お国のためなのだけれどもしかし、壁を超える、国の中では壁を超えるという伝統があって、これが戦後になると、もう、お国のためではなくなってきた。そして、世界に自分たちのやり方を伝えながら、新しい連帯を作ってきた、その過程ですごくたくさんのことを学んだ。と、そういうことがあります。

 

そういうふうな、これは組織を中心としたものなのですが、そういう運動と、個人を中心とした運動が、どうやったら連携ができるだろう。いろんな多様性が必要なのですね。多様なものが共にあるということ自身が平和で、場合によってはお互いが非常に理解できない、そういうようなものも納得しあう。そういうことが、多様な立場の人々が齟齬を来しながら和解し合うということ自身が、平和の内実ではないか、個々人が平和な気持ちをもつ。たくさんの人が同時に平和な気持ちがもてるように、違ったままで、というふうなことが、いま求められているのではないだろうかと考えております。

 

会 場: (拍手)

 

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稲 垣: 皆さん、今日は。小林正弥さん達と一緒に、公共哲学というムーブメントを今進めております。哲学運動でありまして同時に実践を非常に強調するという特徴があり、私自身もキリスト者として、特に平和ということに関しては、地道に続けているつもりであります。

 

今日の発題は、「スピリチュリティと平和」ということで、スピリチュアリティというものをどう定義するか、とかそういうことについてはもうすでにお話がありましたし、キリスト教の側から一言だけ付け加えます。

 

そうですね、「神は霊である」という言葉がありますけれども、皆さんキリスト教の聖典、聖書をお読みになったことがあると思います。創世記の第一章一節から、すでに、「神がはじめに天と地をつくった、そして神の霊が水の面を覆っていた」という、神の霊(スピリット)という言葉がすぐに出てきますね。

 

それから創世記の第二章になりますと、塵から人間をつくる。そのときに、神が息を吹き込んで、人が生きたものになった。アダムというわけです。

ですから神の息、ヘブル語でルアハというのですけれども、神の命そのものを吹き込まれて人は生きたものになった。英語でいいますと、ルアハはスピリットになりますが、そういう意味では、霊は人の命そのものというふうになります。こうして、スピリチュアリティ(霊性)という言葉は、ユダヤ・キリスト教ではもっとも大事な言葉です。特にキリスト教では、新約聖書がありますから、その新約聖書の中でイエス・キリストの活動を、表現するときに、たとえば、平和をつくりだすとか、隣人を愛するとか、他者に対して寛容であるとか、自己節制をしなさいとか、そういう教えの根本にあるのは、やはり、霊、スピリチュアリティの問題なのですね。特に聖霊と呼んでいます。キリスト教の神は父・子・聖霊なる三位一体の神というわけです。

 

そういう意味で、スピリチュアリティそのものは、キリスト教の宗教的な本質というふうにいえると思います。

 

第一番目にレジメの所で書いたのですが、「非暴力抵抗の歴史から」というレジメをご覧ください。

 

スピリチュアリティが、公ではなく、公共に働くことが大切。公と公共は区別しなければならない。公というのは先程お話にもありましたように、国家レベルとか政府レベルという意味で使われてしまいますと、たとえば国家的霊性なり、国民精神となる。ドイツ語でフォルクスガイストという言葉がありますけれども、ガイストというのは日本語でいうと霊ということになるでしょう。ですから民族霊とか、国家霊となると、それはいわゆるナショナリズムそのものの本性になっていく。こういう意味で、非常にこれは危険性をも持っているというふうに思います。

 

 

ですから国家レベルで霊が働くということではない。あくまでも、個人個人、一人ひとりの命を生かす、そのレベルで霊が働く。キリスト教の解釈もそうであります。そういう意味では、国家ではなく市民社会、私たち一人ひとり下から上へとつくりあげていく、それぞれの多様性を重んじる、そういうレベルでスピリチュアリティというものが働いて、それで、平和を実現していくのだと、そういうふうに理解したいと思っております。

 

キリスト教の歴史というのは、長い歴史があります。大きく分けて二つの伝統があると思います。ひとつは東方教会、もうひとつは西方教会です。東方教会というのは、たとえばロシア正教とか、ギリシャ正教のそういう流れが、東方教会の伝統です。

 

それに対して西方教会というのは、中世ぐらいまではいわゆる、ローマカトリック教会と呼ばれていた、西側の教会の伝統ですね。その流れの中から十六世紀に宗教改革が起こりまして、プロテスタントというグループが生じてきております。ですから大きくわけて三つくらいの伝統が多分キリスト教にはある。東方正教会とローマカトリックとそこから分かれてきたプロテスタント。

 

私自身はプロテスタントの信者でありますけれども、二番目に書いたのは、その3つの流れの中の、一人ひとりをここに選び、そして平和との関係で大きな働きをしているということの流れを、ここにリストアップしました。

 

アッシジのフランチェスコ、それからマーティン・ルーサー・キング、そしてドストエフスキーの『悪霊』というふうに書きました。そのドストエフスキーは、ロシア正教会、いわばロシアの国民性を規定している、そういうグループの中で、小説を書き、いろんな思想を表現しました。19世紀おわりくらい、彼の小説の中で、『悪霊』という面白い小説があるのですけれど、これは、霊の働きが非常にネガティブに、否定的にいわゆる革命として、暴力として発揮されるとどうなるかということで書かれた小説です。

 

もともと、ルカの福音書の8章に出てきます、「悪霊に憑かれた男」という物語がありますけれど、それを題材にし、これからのメタファーとしてこの小説が書かれているというのは大変面白いと思います。

 

ですから、霊の働きというのはこういうふうに非常に否定的に暴力的に働くこともある。それがカルトの運動のようになって、また国家レベルになるとさっき言ったように、ナショナリズムと結託して、様々な戦争を起こす。戦争に人々に駆り立てていく、そういう働きともなってしまうということに注意しないといけないと思います。

 

私が今日取り上げたいのは、二番目の、マーティン・ルーサー・キングのことであります。キングは、よく知られていますように、アメリカの黒人、公民権運動の中心におられた人ですね、バプティスト派の牧師でありました。

 

1955年12月5日、アラバマ州モンゴメリ市の黒人教会で彼が演説したものをそこにコピーとしてつけました。この事件を少し今、事例研究として私はここでこれからキングのことを話していきたいのですが、時系列に追っていきたいと思います。

 

どういう事件だったかというと、白人席に座った黒人女性ローザ・パークスが席を立たなかった事件。そして4日後に、バスボイコット運動というのが始まりました。その初日に、ルーサー・キングはある教会で演説をいたしました。

 

次のところにコピーをつけておきました。①とありますが、こういうことを言っています。「われわれは間違っていません。われわれがやっていることは間違っていないのです。もし、われわれが間違っているとしたら、この国の最高裁判所が間違っていることになるのです。もし、われわれが間違っているとしたら、合衆国の憲法が間違っていることになるのです。もし、われわれが間違っているとしたら、全能なる神が間違っていることになるのです。もし、われわれが間違っているとしたら、ナザレのイエスは単なる空想家ということになって、地上には来られなかったことになるのです。だからわれわれはここモンゴメリーで正義が洪水のように、恵みの雨が大河のように流れるまで、戦いぬくことを決断したのです。ところで、私は、我々すべての行動において団結しなければならないと申し上げたい。」云々。

 

この、団結という言葉ですね。霊性のひとつの働きは、他者とともに、平和を保ち寛容に扱い、他者と協力する、団結していく。連帯していく。もしこれが無い、失われてしまうと、やはり、霊が破壊されると、分断したり、敵対したり、そういうふうにグループがちりぢりばらばらになってしまう。ということにもなると思います。

 

1963年アラバマ州バーミングハムでのシットイン(sit in) 、座り込み運動ですね。それやフリーダムライダーズ運動と、デモとの特徴は、singing、歌うこと。で、霊の働きのひとつに、芸術活動がありますけれども、特に、この公民権運動のところでその働きが顕著に出てきたのは、黒人霊歌を歌う。ニグロ・スピリチュアルですね。それを歌いながら彼らがデモ行進をしたり、座り込みをしたり、そういうふうにして抵抗運動をしている。

 

ただしその抵抗運動は、いわゆる非暴力であります。マーティン・ルーサー・キングの、非暴力抵抗運動というのは、彼自身が非常に影響力を受けたインドのガンジーの精神を、彼自身が引き継いで、そして、断じて暴力を使ってはいけない。というふうに人々に説いたわけでありました。

 

この運動の十戒と言われるものが、1963年の運動の中に出されました。

一、日ごとにイエスと生涯について瞑想せよ。イエスの教えについて、特に平和ということで思い出すのは、例の山上の説教ですね。マタイの5章に出てきますけれど、「平和を造りだすものは幸いである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。」そういう言葉ですね。

 

それから二番、バーミンガムにおける非暴力運動は、正義と和解を求めるものであって決して勝利を求めるものではないことをつねにおぼえよ。正義と和解を求めるものである。スピリチュアルな、抵抗運動というのは、勝利、勝利というふうにして、自分を主張するものであるよりも、むしろ正義とそして互いの間の和解を求める運動なのだということであります。

三、愛の精神で歩き、かつ語れ。なぜなら神は愛であるから。

四、万人が自由になるために、神に用いられるよう日ごとに祈れ。

五、万人が自由になるために、個人的願望は捨てよ。

六、味方だけでなく敵に対しても普通の礼儀作法を守れ。

七、他者と世界のためにたえず奉仕するようにつとめよ。 

八、こぶしと舌と心の暴力を抑えよ。

九、精神と身体の健康を保て。

十、運動とデモの指揮者の指示に従え。

 

さて、運動が進んで行きまして、1963年になりました。4月16日、バーミンガムの獄中からの手紙。次の②という資料ですが、デモの最中に警官に拘束されまして、5日間でありましたけれども、やはり懲役刑を言いわたされ、牢獄に入れられる。そこから手紙を書いた。その内容です。

 

図2の所ですが、「しかしもっと根本的に私がバーミンガムに居るのは、ここに不正義が存在するからです。ちょうど紀元前8世紀の預言者たちが自分たちの村落を離れて、主はこう言われるというメッセージを、故郷の境をはるかに超えたところまで携えていったように」、云々というふうにあります。どうぞ、後でお読みください。

 

次に1963年8月28日、仕事と自由のためのワシントン大行進、25万人の前で演説をした。この演説が、③ですが、これは大変有名な、I have a dream. 私には夢がある。よく引用される演説でありますが、例えば、「私は夢を持っています。それはいつの日かこの国が立ち上がってその信条の真の意義、われらは以下の真理を自然なものして承認する、すなわちすべての人は平等につくられ、」云々。これはアメリカの独立宣言ですけれど、200年たっても、実際は平等ではなくて、黒人と白人の間に、非常に差別があった。というのがこの公民権運動のスタートでありました。

 

それから67年4月4日、ニューヨークの教会で、ベトナム反戦運動に、挺身していきます。

④、ベトナムを越えて。ちょうどベトナム戦争は1965年の2月に始まり、米国が北ベトナムの爆撃を開始するわけですね。で、公民権運動がいったん収束した後に、今度は反戦運動へとそのままキングは人々をリードしていく。

 

神の子であり互いに兄弟であることへのわれわれの証明は、人種、国家、信条への証明を超えて、とあります。

いよいよ1968年4月3日、テネシー州メンフィスで最後の講演をします。「私は山頂に上っていた。」これが⑤ですね。

 

その翌日ですが、4月4日に狙撃されて、病院に運ばれ、すぐに死亡する。その一週間後に、彼自身が願ってやまなかった、1968年、「公民権法」というのが米国議会を通過し、白人黒人の差別というものは、法的には一応、撤廃されていくということになります。そして6か月後には、米軍の国爆も停止される。

 

で結局、非暴力抵抗主義のもつ意味というのは、これは、抵抗はする。しかし、暴力は使わない。友愛と正義と和解をその目的としている。

 

最後に、アッシジのフランチェスコが書いた祈り。実は、フランチェスコが書いたのではないのですけれども、今に至るまで祈られている祈りを読んで終わりにしたいと思います。最後のところにコピーがついております。フランチェスコの平和の祈り。

 

ああ主よ、私をあなたの平和の道具としてください。私を憎しみのある所に愛をもたらすものとしてください。争いのあるところに許しを、分裂のあるところに、一致をもたらすものとしてください。私に、理解されることよりも理解することを、愛されることよりも愛することを求めさせてください。私たちは、自ら与えるので受け、許すので許され、自分の身を捨てて死ぬので、永遠の生命を得るのです。

以上です。

 

会 場: (拍手)

 

小林(正弥): ありがとうございます。

 

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