Archive for the ‘レポート’ Category

05112720(23)

シンポジウムスタッフのみなさま、
「スピリチュアリティと平和」シンポジウム、本当にお疲れさまでした。そして、大成功おめでとうございます!!

シンポ4日前で売れていたチケットが86枚。一体どうなることかと心配しましたが、みなさんが精一杯ベストを尽くしてくださったおかげで、当日の参加者はなんと200名を越えました! スタッフ、ボランティアスタッフ、出演者もあわせると、ざっと総勢240名の超満員御礼。会場は熱気で一杯になりすぎて、窓を開けて外の風を入れていたほどでした。資料も、椅子も、追加に追加を重ねました。

もちろん、シンポジウムの成功は入場者数だけではありません。内容的にも素晴らしいものでした。詳細については、きくちゆみさんが記してくださっていますが、第1部の研究者、第2部の実践者によるパネルディスカッションともに、パネリストのみなさんそれぞれが、「自分が一体誰で、どんな考えを持って、何をしているのか? また、今のような考え方や生き方をするようになったきっかけはなんだったのか?」などご自身の体験を率直に話してくださり、とても親しみやすく、興味が持て、参加者との距離がグッと縮まりした。

第1部では、「スピリチュアリティ」、「公共的霊性」という概念を学問的に真正面から、しかもさまざまな宗教の立場から議論し、「スピリチュアリティ」が公共の場で議論される重要性や、緩やかなネットワークでつながっていくことの大切さ、「地球的平和」との関係が明らかになりました。

第2部は、沖縄のカミンチュ(シャーマン)比嘉良丸さんの祈りと祝詞から始まりました。彼からは、スピリチュアル以前に、まずは身近にいる人、家族、仲間と仲良く、平和に暮らすことの大切さや、心の目で世の中を見る大切さ、自然の中で、お互いに思いやって生きることこそが本当の豊かさであることなどを学びました。

辰巳玲子さんからは「自分を明け渡す」ことが「本当の自分になる」こと、アメリカの先住民ホピ族の精神文明(感謝すること、祈ること、押しつけないこと、謙虚になること、忍耐強くなること、すべてとつながっていることを意識すること)、丁寧に、誠実に、自分に心地の良いペースで、今に集中して生きること、豊かさとは人を信頼することなど学びました。

「世界全体が終わってしまうという危機感」を二十歳になる前から感じていた星川淳さん。その感受性に驚くとともに、スピリチュアリティとは自然であり、身近な当たり前な生き方であること、昔のことは参考にはなるが今通用するとは限らないこと、「緻密な分析、理性、行動」と「スピリチュアリティ」は車の両輪で、これらをバランスさせることの重要性、頑張ると余計におかしくなること、涙を大切にすることの大切さ、つまり「目に涙がなければ、魂の虹は見えない」という言葉をなど学びました。

これまで50冊ものスピリチュアリティに関する本を翻訳した山川亜希子さんからは、国も、アプローチも違えど、すべて言っていることが同じであり、それが「自分=魂の存在=宇宙自身=人間という形をとったスピリチュアルな存在」であること、スピリチュアリティとは本当に自分自身でありきること、平和との関連で言えば、必要であれば勇気を持って闘うこと、摩擦を恐れずに進むこと、そして何よりも謝ることの大切さ、そして、毎日が忙しく、余裕がない中で、スピリチュアルに生きるために、深呼吸を一日3回すること、空を見上げることなどを学びました。

1部、2部のパネルディスカッションを受けて、第3部では今活躍中のキーパーソンによるショート・スピーチと会場のみなさんからの質問、コメント、意見表明。会場中から次々と手が挙がり、それぞれの想いを会場全体で共有しました。

そして、3部の終わりは瞑想と歌。パネリストの山川さんによる心地よい瞑想で、今日の一日を振り返り、心に残った場面や言葉を思い出し、平和をイメージしました。そして、和水さんの心のこもった歌で感動的にシンポジウムを終えていきました。

このすべての場面での熱気、想いの共有、共鳴こそ、山川さんの言われる「ワンネス」だったのかもしれません。懇親会にもほとんどのパネリストも含めておよそ50名の方が参加し、いつまでたっても熱気が冷めやらない素晴らしいシンポジウムでした。

これもそれも、シンポジウムにご協力してくださったみなさんのおかげです。挙げる名前が多すぎて一人ひとりのお名前を記すことはできませんが、みなさん本当にありがとうございました。特に裏方でシンポジウムを支えてくださったスタッフのみなさん、本当にありがとうございました!

感謝を込めて
上村 雄彦

05112720(17)

おかげさまで、11月27日の「スピリチュアリティと平和」シンポジウムは、満員の参加者を迎えて、とても充実した内容となりました。日ごろ私たちは心の平和の大切さを言っていますが、研究者(主に宗教系)と祈りの実践者、そして市民を交えての今回の議論は画期的で、大変意義深いものになったと思います。ご参加いただいた皆様に心から感謝申し上げます。

この「スピリチュアリティと平和」という試みを広く伝えていきたいため、このシンポ専用のブログに、出演者やスタッフの皆さんの報告と参加者からの感想を掲載しています。今回は、東京平和映画祭との合同イベントということでもありました。それぞれの報告を、下記リンクからご覧ください。

05112720(43)

第1部のパネリストに出席しました稲垣久和です。

私も島薗先生とまったく同じ感想で、皆様から多くの学びと示唆を頂きました。関係者の方々に厚くお礼申し上げます。
さてその上で二つのことを特に私自身の今後の課題としてメモ的にしたためておこうと思いました。時間がないので本当にメモになってしまいますが。
1.スピリチュアリテイと平和が深く関係する分野であることが実感できたと同時に、この平和が内面的平和にやや傾斜していたのではなかっただろうか、という疑問です。
もちろん内面的平和がなければ外面的平和もないしそのような平和は意味あるものとも思えないのですが、少なくとも近代以降は、いや核兵器出現以降は、「戦争をしない」という意味での外面的平和をいかに形成するかが市民レベルでも大きな課題となってきていたはずでした。
したがってMLでも多くの方が市民としての政治参加がどのようにしてできるのかを盛んに議論していました。今回は、あえてこの面をセーブしたのか、この政治参加のレベルの平和運動の面がうまくスピリチュアリテイと絡み合っていなかったように思いました。私の事例で出した「マーテイン・ルーサー・キング」はこの点で内と外の平和運動が調和した典型的な例だったのですが(きくちゆみさんはコメントして下さいましたが)。

2.それと関係してスピリチュアリテイが公(=国家、政府)と結びつくことの危険性もたびたび申し上げたのですが、そしてそれが今、私たちの目の前に首相や閣僚の靖国参拝として存在しているのだということも申し上げたのですがあまり関心にはならなかったようでした。
これはあとで懇親会のときにお話していて気がついたのですが、靖国参拝問題は政治問題であってスピリチュアリテイとは直接関係ないと皆が受け取っているということのようでした。
もちろんこの問題は複雑で歴史認識や過去の戦争の評価にも関係してはいるのですが、しかしそれにしてもこの問題はスピリチュアリテイと平和(戦争)に深く関係しているというのが私の認識でありましたから。

3.フロアーからの質問者(イソップ氏?)から「自分たちとは全く異なるスピリチュアリテイを持った人々がいるときはどうなのか」と問いただされ、これが必ずしも親密でない他者との共存を求める公共哲学の本来の課題である、と思った次第です。私の答えは「対話するしかない、そうでなければ暴力になる」というものでしたが、上の2はこれとも関係しているようです。

ということでこんなことが私自身の課題として残されました。
感想とお礼まで、ありがとうございました。

<追記>
川西様
下記の点、まったく同感です。
「日本で受け入れられるスピリチュアリティーは心の平和であって、あまり社会性がありません。
それが癒しになってしまう一因でもあると私は思います。
宗教にしても同じで、心に平穏をもたらすものだと思われているんですね。
だから、「社会に向かう宗教」というのはなかなか理解されません。
心と社会との間に大きな壁があるのです。
内面の世界が閉じているんですよ。
これをどう乗り越えて「友愛」に向かうかが、これからの課題ですね。
一つには、スピリチュアリティーの中で言葉をもっと重視していくこと
ではないでしょうか。」

今後の課題は「社会に向かうスピリチュアリテイ」ということになるでしょう。もちろんこれが愛国心にならないように細心の注意が必要ですが。ムードで押し流されていくと怖いのです。だからやはり「言葉、対話」であり、自立した自我からの批判的社会参加ということになるでしょう。
批判的社会参加とはいっても、ここで大切なのが自分と異質な他者を受けいれ連帯を育む「友愛」です。これがフランス革命の自由(liberte),平等(egalite)と並ぶ fraternite とは異なるところなのです。
fraternite は語源からしても「友愛」というよりも「同胞愛」であり、これが強烈な同化作用をもった愛国心につながってしまった理由です。ここでの友愛は「隣人愛」「慈悲の心」「仁の心」のことであり、どうしてもスピリチュアリテイから湧き上がってくる国境、宗教を超える人間の人間らしさだと思う次第です。
これがフランス革命型とは異なる今日の21世紀型の市民社会の大きな課題でしょう。そういう意味でシンポでは日本人、ヤマトンチュ―以外の米国、オランダの方がたからも発言があったのは実に素晴らしいことでした!
今後に持続可能な平和運動になることを大いに期待します。

≫当日のレジュメ

川西玲子です。
今回のシンポは、二つの点で興味深いものでした。
一つ目は、「持続可能な平和運動」についての展望が持てたこと。
平和運動というとどうしても自己犠牲的な辛いイメージがあり、それが若者を遠ざけた原因の一つだと思うのですが、スピリチュアリティーという視点を入れることによって自己救済とセットになります。
こうでないと、今の日本では難しいかと。
二点目は、私の持論である「サブカルチャーとの連携」可能性が見えたこと。
ベトナム反戦運動があれだけの広がりを持てたのは、サブカルチャーと一体だったから。
つまり、生活に新しい価値観をもたらしたからです。
生活がびくともしないような平和運動は広がらないと思うのです。
そういう意味で、平和運動が「センスのいい生活」と繋がっていくといいなと考えています。

なお、稲垣さんがここで問題提起されていたこと、つまり、「このシンポで語られる平和が、内面的平和にやや傾斜していたのではなかったか」という点。
それは「言葉はいらない、人は繋がれる」という感覚に由来するものだと思います。
日本で受け入れられるスピリチュアリティーは心の平和であって、あまり社会性がありません。
それが癒しになってしまう一因でもあると私は思います。

宗教にしても同じで、心に平穏をもたらすものだと思われているんですね。
だから、「社会に向かう宗教」というのはなかなか理解されません。
心と社会との間に大きな壁があるのです。
内面の世界が閉じているんですよ。
これをどう乗り越えて「友愛」に向かうかが、これからの課題ですね。
一つには、スピリチュアリティーの中で言葉をもっと重視していくことではないでしょうか。

それから、小林さんが案内された南原繁と市民性教育についてのシンポジウム、
どちらも非常に興味があるのですが、雑用に追われてなかなか参加できません。
南原繁は私の尊敬する学者の一人だし、市民性教育は山谷えり子議員あたりに聞かせたい。

人権なないろミュージアム
 http://homepage2.nifty.com/sence/
ブログ Meke Your Peace
 http://mypeace.exblog.jp/

05112720(46)

仏教―真理平和の目覚め

「仏教」とは「仏の教え」であり「仏となる教え」です。「仏」とは「目覚めた者」という意味であり、「法に目覚めて生きる者」のことです。「法」とは一切の「現象」でありその「法則」でもあります。「一切の現象の法則」は縁起(因縁生起の略)です。例えば籾という因、原因から水、光等の縁、即ち条件によって稲が成長するように、一切の現象は因縁によって生起、消滅するということです。この普遍的真実と宇宙的調和に生きるのが仏であり、誰でも仏になれるのです。

仏教の根本法、縁起は科学の根本法である因果の法則とほぼ等しく、仏教は科学的真実と矛盾せず、衝突することもありません。縁起は言葉の通り、縁即ち条件に重点を置き、主体的に実存を根本的に解明し、実践を徹底的に追及して最高真実の知恵、悟りと絶対不動の平和、涅槃を実現するものです。籾は何時何処でも発芽成長するのではなく、相応しい条件が整ってそれが可能であり、因果を単純に直線的解釈をして、機械的、宿命的見方をしません。また、人間の無知、欲望に任せて対象を単純化、効用化せず、常識や科学より、広い視野と深い配慮を用います。

常識的見方は世俗諦(世間合意)と呼ばれ言葉や観念を疑いませんが、仏教ではこれも縁起したものであり、その表す内容も縁起したものと捉えて、一切の縁とダイナミックに関係しながら常に変化している実体のない、「空」と言う真実の姿を真実諦(真諦、第一義諦)といいます。例えば炎は一見、一定の姿であるように見えますが、蝋が蒸気になり酸素と化合して光と熱を出しているのであり、隅田川といっても水も魚も岸も刻々に変わっているのです。

同様に「我」というのは空気が無ければ一瞬にして無意識になり死にますが、詳しく見れば心身時空世界の縁起の中で無限にがり合い、刻々に変化しています。動物としての身体感覚、人間としての言語観念によって「我」は「他」から独立しており、「自己」として一定であり、変わらないと考えています。自他の思いは利害、苦楽、生死などの欲望、恐怖などに発展して行き、個人、社会、自然のなかで問題と苦悩を生みます。ここに人間 文明の問題が生まれます。

人間のみが言葉を持っているので社会を作り歴史を作ることができましたが、人間のみ嘘をつき、年をとるに従い迷信深くなるというのも事実です。人間は言葉や観念のために錯誤、束縛、差別、搾取、殺戮の惨禍を生み出してきました。人間は農業をはじめ、都市を作り、即ち文明を生み、階級、奴隷、戦争などを始め、何時の世にもある個人の苦、死に加えて社会、環境の苦、死を齎しています。物や力に囚われ、心と命を忘れ、文明系は生命系の癌となり末期症状を呈しています。大自然の真実と調和を壊しているのです。

これはある王が盲人達にある動物を触って報告するように言ったところ、縄のようだとか、柱のようだと言い張ってついには喧嘩が始ったという喩えの通り、人間は世俗に迷って、真諦を悟らず、平和を実現できないでいるのです。無知と悪業を止めて知恵と善業を実現する方法があります。

それが仏の根本実践である坐禅です。木は一切の生命系と共にあり、機能し、その生命を全うしています。唯坐って一切の行為、体、口、心の機能、過去からの業、習慣や遺伝的なものを止めることによって人間が業深いものであるか判り、業の風に泡立たず波風を起こさない大海原のような仏の世界が現れるのです。人も何千年の大木のごとく坐禅すると、全体的、根本的真理が見えてき、平和が達成されます。これは人種、性別、年齢などに拘わらず誰でもやれば出来るのです。

大自然界は法そのものであり、法界と呼ばれます。法界は一切の現象が世界を覆う帝釈網の結び目の水晶が無限に映しあうように縁起の網に繋がって映しあっています。科学は百五十億年前のビッグバン以来の宇宙生成と四十億年来の生命進化を明らかにしてきました。地上の一切の生物は動物、植物に拘わらず四十臆才の兄弟姉妹です。私達の命の真実は風水・山川・草木・日月一切と共に縁起している無限の時空に広がる大海原のようなもので、俗見の泡のようではないのです。これが悟りであり涅槃です。

「群盲撫象」の喩えの通り、時代、地方、伝統等の我見、我欲、我業に捉われる人は限りない欲望を限りある物や力で満たそうとしても無理です。心と命によってのみ無限の真善美聖が得られ、無限の知恵、博愛、歓喜、平和が得られるのです。人は目覚めない限り、悪夢の中でもがき苦しみます。目覚めて始めて悪夢と苦悩が夢に過ぎなかったと分かるのです。皆目を覚ましていると言うでしょうが、偏見、俗見に満ちていて物と力の奴隷となっているのです。幾ら物と力、それを買う金が有っても、健康も幸福も得られとは限りません。ましてや無限の心と命、究極の悟りと絶対の平安は達成できません。これは心によってしか得られないのです。人類は悪業報を止めて血と涙の大海を、山河大地心をもって皆共に自由と至福の大空に変えるべきです。死んでから仏になっても致し方ありません。皆が仏になれるのですから。石油や核で破滅しては元も子も無いのです。戦争や軍備に血祭りをあげるほど愚かなことはありません。心と世界は一つであり命とは大海原のように一体なのですから。

吉田 収

≫出演者プロフィール

ZAKIです。
関西方面ボランティアツアーから帰って来ました。
27日のシンポ、非常に有意義なものであったと思いました。
大きな成功と言えるのではないでしょうか。
これからどんどん”ちゃんとした”スピリチュアリティーが当たり前になって行くと思います。
あの日、自分のスピリチュアルな部分に関して話す時間がなかったのでちょっとだけ言います。

”世界中みんな幸せになるといつも信じ続けながら、(最幸の+思考)
ごちゃごちゃ考えず、大自然の流れのままに、
”体が自然に”動くままに生きてゆく。”
(空とか神の御心のままにとか言うのを宗教じゃない言葉で表現してみている)
って言う感じです。
それを”自然体”と表現しています。
新しい部分は、”世界中みんな幸せになるといつも信じ続けること”じゃないかと思っています。^^

ツアーの詳細は、自給自足ブログ、野生化の時代に書いています。
 http://zaki.seesaa.net/

「スピリチュアリティと平和~こころと世界をつなぐムーブメント」
地球平和公共ネットワーク・シンポジウム 来場者アンケート結果
 回答数:66 (集計:太田光征)

1.この催しを何でお知りになりましたか?
 ML          14
 個人メール      9
 チラシ         7
 新聞          1
 雑誌          0
 くちコミ        21
 その他        17
 無回答         0

2.ふだん、「スピリチュアリティ」と「平和」のどちらに関心がありますか?
 スピリチュアリティ  7
 平和          7
 両方         49
 無回答         3

3.今日のシンポはいかがでしたか?
 とても良かった    28
 良かった       28
 まあまあ        3
 普通          1
 良くなかった      0
 無回答         6

4.平和な世界を実現していくために、これから何をしていくことが必要だと思いますか?(複数回答可)
 まずは個人の平和を実現すること          49
 一人一人が身近なところから平和を訴えること  43
 広く市民に呼びかけること               25
 政治を変えること                    30
 その他                           8
 無回答                           0

5. (スピリチュアルな)平和活動について具体的なアイディアや活動経験はございませんか? 今日のシンポについての一般的なご意見、ご感想もどうぞ!

・今日は色々な方のお話を聞けて勉強になりました。ありがとうございました。楽しかったです。
 私たち人間は目に見えない世界中の人々の力や支えによって生かされ、宇宙の大自然の恩恵によって生かされていることを感謝して謙虚に生きてゆけたらと思います。
 感性を研ぎ澄まして真理を見極めてゆけたらと思います。
 今の日本は便利で豊かで有難いけど、少し過剰すぎる気がします。早く世界中の人々が平穏に暮らせるようになりますように・・・。ありがとうございました。

・大豆を大地にまき、座禅をやっております。また現在、団体で代表をしながら、多くの人に「気づき」と「キッカケ」の種まきをさせていただいています。
 人の心にまく種、自分のパートナーにまく種、大地にまく種、このバランスが取れるようになれば、豊かで平和な世界ができると確信しています。本日はアリガトウ。

・祈り

・牧師さん、イスラムのイマーム、妙本寺の方たちの話を中心に(宗教者)した会も、そのうちやっていただけたらと思います。ありがとうございました。

・続けてゆくことだと思います。この流れは大切なものだと感じます。素敵な人にお会いしました。こうした交流がまず大切だと思いました。

・(質問4について)できることはおしまず実行する。現在、人口64億人、21世紀半ばには80億人と予想されている。過剰な飲食は、現在飢餓にさらされている10億以上の人の食糧を奪っていることにどう気づいてもらうか?

・“意志表示”すること。すべてに“感謝”すること。

・平和を訴える音楽祭をしたい!ビデオ、DVD、上映会やトークを広げてゆこう!

・公共哲学という学問の分野で確立されることを願っています。

・私自身は、「戦わない殺さないゲーム」をつくる制作プロダクションを2001年会社として設立し、植林オンラインゲーム(ゲーム課金でプレーヤーが毎月1本ずつリアルな地球に木を植えることができる)を現在、PC版と携帯版で企画制作、運営しています。今年7月よりこの植林オンラインゲームと衛星画像ソフト(Google Earth)が連携した「植林ゲーム@Earthプロジェクト」を「愛地球博」より始動しました。来年のアースデイ2006に照準を合わせて、世界の人が「緑、ツナガル。」(アースデイ東京、グランドテーマ)植物のネットワークのようにつながりあうのを衛星画像で眺めるプロジェクトです。

・一人一人の意見を尊重する姿勢が貫かれて良かった。世代を超え国境を民族を越えてという佐藤美知子師の教えをよく守っておられるように感じ嬉しかった。小林先生ガンバッテください。

・草の根でペイ・フォワード式に啓蒙で∞に拡げてゆく。
 私自身はプロテスタントのクリスチャンですが、松浦悟郎先生のピース9の会で、カトリックキリスト教からすべての宗派・宗教・霊的活動のメンバー層へと広げていくよう動きをつくる。
 違う宗教同士で戦いあう宗教戦争の時代は終わった。21世紀は更なる霊的成長の時代であると思います。
 精神世界、宗教界の和解と一致協力、平和運動の大きなムーヴメントをつくること、世に公表すること、これのみが危機的状況を打開する唯一の道だと思います。理論から実践。
 その理由。機会を見つけては平和つくりの行動をしているが、同じ宗派の人にほとんど出会わないのに空疎感を覚えている。サマリア人の教えを体現する人が僅少である。
 「こころの授業」にこの公共哲学を取り入れるように、(今ちょっと「?」だけど)河合隼雄氏などを味方につける。
 ブッシュはクリスチャンじゃないと思います。キリスト教のことを何も分かっていない!逆証していると思う。

・本日はありがとうございました。自分自身の平和が家族の平和、周りの人の平和、すべての平和につながっていくと思います。

・自然農法を多くの方々と、モニター制度でやっています。最近は海外にも進出していっています。

・広く開かれたシンポをやっていくと、議論が広がっていくと思う。方向性をまとめなくてよいと思う。ただ、考え始めた個人に、情報と議論の場があれば、かなり有効だと思います。ありがとうございました。

・共感、共歓を得、大きな波となると確信しました。

・正直なところあまり期待していなかったが、参加してとてもよかった。そしてなにか幸せな気分にさせられたような気がした。これからも来年と言わず、月1程度、小規模でも企画してもらいたい。

・公共性というところが大切だと思った。社会という仕組みは、人と人が信頼しあってなければ、生きていけないのに、今は、その根本がくずれているので、これでは気持ちよく生きていけない。社会はつくづく信頼だと思ってます。

・平和学会理事・編集委員長になりました。次号の学会誌は『スピリチュアリティと平和』というタイトルで本を出したいと思います。皆様、ありがとうございました。

・一体感が感じられてすごくよかったです。

・すごく素敵な方のお話が聞けてすごくよかったです。また参加したいです。

・Peace Walk !

・自宅から会場へ全員で自転車(徒歩)で集合する(物質に頼らない)。
公共・・・公と公共の違いが素人平民には分かりません。広共という言葉はいいと思います。
霊性・・・精神性という言葉がよいと思います。
広共精神、広共意識。
 お金の取り合いの時代→時間泥棒。現代は個人の時間を奪われている。生命の大事さ。自然や他者、霊や魂、感じること、交流すること。知識だけでは、見えるものだけが全てではない。氷山の一角。水面下に気づくこと。

・現代の日本のマスコミ状況では、我々が置かれている本当の世界(沖縄やイラクなど)が分からない。真のジャーナリズムが必要。
 スピリチュアルとか公共的霊性とかいう言葉は、学者や研究者にとっては正確な認識を共有するために必要なのでしょう。でも平和への結集を目指す、というなら、その働きかけの対象として、普通の人々、あるいは森???さんの言う中産階級未満な私にはちょっと抵抗があります。

・感謝!

・モバイルのサイトを充実させる。

・行動に「平和」というお題目を立てることにはあまり賛成できません。目的がそれだととてもあいまいすぎます。むしろ行動するなら、具体的な事柄の実践を自分がすること、その理由をはっきり自分で保つこと。その行動する姿を周囲にPRしていくこと(押しつけ、啓蒙ではなく、「事実」を伝えて、相手にも考えてもらい、判断してもらう、その働きかけを続けていくこと)が大切であり、必要であり、有効であると思います。
 今日はありがとうございました。感想を述べさせてください。畜産動物の悲しい現状を知って、ベジタリアンになり、その後植物の殺傷も回避したいという理由でフルータリアン(実物野菜のみ食べる、自宅のみで、外食はベジタリアンです)に移行しました。生命に対する冒涜を避けたいと考えています。ゆえに自分で愛情をこめて育て、殺し、解体した肉については賛成という立場です。
 南北経済格差(児童労働や最貧国の債務問題、搾取的労働)、資本主義の行き詰まり、すべて生命に対する冒涜であり、その「現状」に対する無関心もしくはあきらめが根本原因であると考えています。
 スピリチュアルというととかく自分の内部に埋没してしまって、行動化につながらないという傾向があると思いますが、それはおそらく、本当の現実、自分がいま目の前にしているものが、どのようなプロセスで、どのような背景でここにあるのか、という現実(事実)を知らないし、知ったとしても代替の行動を知識として得られないことが大きいと思われます。
 代替知識で持って無関心、あきらめを打破していくこと、そしてそのバックボーンとして、自分の中にすべての生命への共感をもつこと(スピリチュアル)をガッチリキープすること、それが将来へつながる唯一の道ではないでしょうか。
 ちなみに、牛が一生に食べる穀物を飢えている国に送ることは可能なはずです。自分が肉を食べるときに、それが最貧国の子供たちを飢え死にさせているという自覚を、すべての肉を食べている先進国の人が持てるかどうか、自分のしている行動をそれで再考できるかどうか、スピでそれは可能と考えています。

・活動の原点である「何かしなくては!」という想いは魂からくるものだと思います。自分自身のspiritual指数を高めるとその感受性も高くなりますね。(当時は気づきませんでしたが)過去に何度か、被害になったものや相手の心を強く感じ、その気持ちを行動へと移していました。spiritualを知ることによって、自分の「心の平和」を保ちながら、行動することが大切だということを知りました。今日はこんなにも素晴らしいゲストのお話を聞かせていただき感謝します。

・やはり平和運動が戦争をつくっているように思いました。

・変革につながるスピリチュアリティとは何か。癒しではなく、社会に向かうスピリチュアリティを模索しています。あと、パネラーも会場の発言者も必ず長く話すので、それを折り込んで、もう少し余裕のあるスケジュールを組んだほうがよかったと思う。

・頭のかたい一部。やわらかい二部。帰ろうかと思ったが、二部がよかった。そして三部が一番すてきだった。ありがとうございました。

・地域通貨等の積極的導入による地域の自立。

・平和を望んでいない人もいると思います。軍需産業とか。人は自由なので、今は平和は実現しないかもと思います。でもいつか全員が平和を望むときもくると思います。待つ。信頼して待つ。それ以外できないと思います。平和が実現してもまた変化すると思います。

・共生、愛と平和が大事ですね。沈黙せず、市民としていろいろな形で意志表示(発言など)することが大切だと思う。市民の一人一人はどう考えたらよいか、報道(マスコミ)の状況(出版物を含む)にも影響されつつ迷っているのです。「平和国家」の国是が挑戦にさらされているのです。

・個人の内面の安定に満足し、外へ、世界へと足を踏み出さずにいては、われわれはただの傍観者になってしまう。また、「運動」の内側にいると「個人というものは時として破壊されてしまう。スピリチュアルと平和が共存するためにまずこの差異について少し話し合えれば――。

・草の根的に小さい運動が広がれば・・・

・良丸さんと聖地巡礼で個人の平和の祈りをしています。

・皆で話し合う場を持つことは大切だと思った。あちこちで数多く場を持つこと。テレビ、ラジオの番組などでこういう会の様子を放送するというのもいいのではないでしょうか。

・静かになって自分を見つめる時を待つ。

・本当の平和とはどういうことなのかを個人が理解すること、そしてその平和に向かって一人一人が考え、行動することが必要。
 人間自身が自然の一部であることを実感するところから始まると思います。スピリチュアルを何かの言葉でくくることは難しいと思います。人間が一人一人気づきをもっていく。そしてそれを実行できるようにすることで平和につながるのでは。

・スピリチュアルとは基本的に一人一人の問題だと思います。自分と他人や自然は別のものだと思わず、つながっているということを理解すれば、人を傷つけたり、環境破壊にむすびつくような行動は自然にしなくなり、平和に結びついていきます。「言葉」で他の人を変えるのは難しいと思います。「生き方」で示すしかありません。従ってまず自分が変わり、毎日の生き方を通して、他の人に伝えてきたいと思います。

・スピリチュアルの道に入る人は何かに導かれて進み始めるのだと思います。ひとり一人がプロセスも異なるとは感じるのですが、このような機会を作り、ゆるやかな連携の場を続けるうちに何かが進んでいく気がしています。

・もう少し人を絞って時間をとったらどうでしょうか。比嘉さんのお話もっと聞きたかったです。

紫ノ木杏です。
スタッフの皆様本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

本当にたくさんの方々に支えられ、定員を超えた参加者と素晴らしいシンポジウムが出来たこと、このスタッフに関われたこと嬉しく思います。
比嘉良丸さんに快く快諾していただき、当日も上手くいくかドキドキしてましたが余計な心配だったようで本当に良かったです。
良丸さんは終了後そのまま連れてきていただいた、かのこさんの家に泊まり翌日から関東巡礼にまわっています。

良丸さんのつながり、そして、和水さん、あだっちさん、Silent Rootsさん、あらりんさんともつながっているかみんちゅネットワークの仲間達、ミクシイなどを通じて10名ほど参加してくれました。なかには巡礼もかねて上京してきた方など沖縄や四国から来られた方もいらっしゃいました。当日スタッフとしてもお手伝いいただきました。本当に有り難かったです。また、終了間際に愛媛すぴこんからとんできたすぴこん事務局のテディさんこと小泉義仁さんともお会い出来て嬉しかったです。

当日は受付にいて、特に第一部のお話はほとんど聞けなかったのでいずれビデオが出来ればじっくり見たいなあと思います。
最後は熱気に溢れた一体感をも味わい、ゆみさん推薦のバタフライの本に書かれているように違うジャンルの方々が同じ平和を目指す目的のもとに一つにどんどんつながっていくのを感じました。

山川さんの瞑想では、ただ脳裏に浮かぶのは「愛」(何故か漢字)だけで光を発しながらたくさんの無数の世界中の人々が手をつなぎ輪につながっていくヴィジョンをみました。それはきっと実現するだろうと思っています。
また、和水さんの歌は何度聴いても涙が出てきますね。

今後も平和映画祭も含めてスピリチュアリティと平和という両方のテーマがもっと広く浸透していくように願っています。
私はその両方を行き来しながら、その橋渡しが出来たらと思っています。
よろしくお願い致します。
☆ご縁に感謝☆全てに感謝☆

Apricot’s room 紫ノ木 杏
 http://www5a.biglobe.ne.jp/~anzu-s/
ANZUのきまぐれ雑記帳☆ ~ピースイベント終了
 http://anzu-shinoki.at.webry.info/200512/article_1.html

05112720(44)

第1部パネリストをしました島薗(宗教学)です。

昨日は楽しく、さわやかで、かつ希望がわきあがる集いに加わることができ、たいへんうれしかったです。久しぶりの皆さん、MLでご発言に接していた皆さん、活字を通して親しんで皆さんにお会いでき、おもしろく、かつ勉強になりました。また、若い皆さんに精神的に元気をいただきました(若返ったつもり)。「平和とスピリチュアリティ」の連携拡充に貢献できたかどうか心許ないですが、その難しさと、しかし、行われている運動の自然さを二つながら、よく味わうことができました。

お顔を合わすことができた皆さん、とりわけ準備に骨折って下さった皆さん、ありがとうございました。
また、語り合える機会がありますように。

≫当日のレジュメ

05112720(38)

今日(あ、もう昨日ですね)のシンポ、大盛況でよかったです。準備に
心を砕いたみなさまに心から感謝します。200名をゆうにこえていま
した。テーマもシンポジストもスタッフの働きも、お天気も、どれも素
晴らしかったです。

1部の途中から2部の最後までメモを取りましたので、参加できなかっ
た人のために分かち合います。第3部の対話集会は自分がコーディネー
ターをしていたので、ありません。最初のほうは、まだこのメモをつく
ろうと思っていなかったので、ちゃんと取れていません。また、小林先
生のこのシンポの意義などについてはすでに発表されたものがあります
ので、そちらをご参考ください。聞き間違えや勘違いなど多々あると思
います。ご指摘ください。

きくちゆみ

第1部:公共的霊性と地球的平和について

小林正弥(千葉大):

稲垣久和(東京基督教大学):キリスト者(プロテスタント)として:ガン
ジー、そしてキング牧師、モテゴメルーのバス運動。最後の演説、暗
殺。そしてフランチェスコのメッセージ。

島薗進(東大):学生運動が暴力的に終わる。宗教とは距離を置く。い
ろんなことを研究している。宗教学。すばらしいのはアフリカンアメリ
カンの教会。音楽のすばらしさ(ゴスペルなど?)。多様な考えが多様
なまま存在するのが平和

斎藤謙次(新宗連):あたらしい宗教団体の連合会の職員をしている。普
段は発言しないが山脇先生のお誘いできた。熊野古道を歩きたかったが
できなかった。山形から戻ったばかり。日本中企画や集会で旅してい
る。日本中をあるくのが自分自身のスピリチュアリティを高める気がす
る。
川面凡児。「霊性はスポンジの玉。そこに?を吹き込むことによって霊
性を高める。」100年以上まえに公共的霊性を追い求めた先駆者。戦
後の日本:貧、病、争が新宗教の原因。貧しさはだいぶ克服されてきて
いる。病気(高齢者の介護も含む)、争いは相変わらず。霊性は危ない
ものではなくいのちのあたたかさを感じるもの。やさしさ、癒し。人間
が行くていくのになくてはならないもの:霊性。霊性の中野一つの働
き。ゆるやかなつながりの中で難民や災害被災者の救援をしている。
NGOとも連携。最貧国6億人の資産をトップ3国で持っている。26億
人分の資産をトップ200人がもっている。そういう時代に生きてい
る。やさしさ、あたたかさを返す場面が必要。
ハンスキューム:地球人間宣言。(この人おもしろい!)

吉田収(東洋大学):元会社員。ベトナム戦争の写真を見ていたたまれ
なくなって、会社を辞める。東洋の和や縁起の思想をアメリカ人にわ
かってもらいたい、と思い、大学に戻り学ぶ。インド哲学や仏教を学び
35年になる。セントルイスに禅センターを開き、アメリカ人に禅を教
える。今は日本と半々。「アメリカにいって平和をと思っていたら、日
本が平和じゃなくなっていく」なんとかしなくては、という関心も高
まっている。心がなくなり、物と力に偏る、エゴイズム、環境破壊、戦
争。エゴを越えてエコ。国家や企業を越えて、人間も越えて、植物、一
切と共に生きなくてはいけない。大きな曲がり角、精神革命。仏教は2
500年前に出来た。平和に目覚めなければ死と絶滅に向かう。仏教と
は「目覚めたものになる」こと。法に目覚めて生きるもの。悪夢から目
覚めたもの。自我、国家、儲け、にとらわれていると目が覚めてない。
群盲象をなでる、のことわざ通り。目をさまさなければ解決できない。
150億年前のビックバン、40億年まえにいのちの誕生。そして今。
遺伝子は同じ。相手を殺す、他の生命を痛めるということはありえな
い。すべてがつながっている:大網(たいもう)という。その結び目に
は水晶の玉。そこにすべてが映る。私たちはすべてのいのちによって生
かされている、本当のいのちは宇宙全体がいのち。因縁生起。座禅をす
ることで目覚める。人間だけが言葉を持ち、嘘をつく。樹はうそをつか
ない、人殺しもしない。樹のいのちは8000年も続いている。そこに
座る。なにもゆらがない、戦争とかイデオロギーとかにゆるがない平和
を築ける。それをお釈迦様が教えてくれた。業、欲、は戦争や環境破壊
につながる。殺すな、盗むな、嘘を言うな。
ーーーーーー
吉田:あらゆる宗教が共に会って友になるのが理想。弥勒菩薩、マト
レーヤー、マスター、ミスラー、メシアは共であり友。

稲垣:霊のはたらきはいのち、だと思う。スピリチュアルであること
1、対神、対仏(対超越) 2、対他者、対人関係。3、対自然。自然
との共生、の3つのレベル。3つとも大事。

小林:和して同ぜず、ということば。霊性をめぐる宗教間対話が大切。

稲垣:WHOの定義する健康:身体的、社会的、精神的に良い状
態。そしてスピリチュアリティにおいても良い状態。(1999年)。
稲垣は人間の根源にあるもの、と理解している。生老病死。根源的喜び
や悲しみや苦しみとか。危険ではない、もっと公共の場で議論をしてほ
しい。

小林:オウム事件はまだスピリチュアルのことがプライベートな領域
だった。ここからもっと公にしていきたい。宗教を越えた、あるいはす
べての宗教に共通する何かがある、そのそこに普遍的な何かがあると思
い、この言葉を使った。地球的倫理、といってもいい。

斎藤:霊性とカルト。オウム真理教の原因は自分たちだけの霊性(内閉
化)。霊性を深める一方で、内閉化しないことが大事。WHOでは
アフリカ、南米からはスピリチュアリティについての規定をいれるとい
う提案があった。公共的霊性についての世界的認識の高まり。

小林:オウムから学ぶもの。手法が暴力的だった。革命を起こそうとし
た。平和、非暴力とは逆。
内側は固める:ナチスと一緒、全体主義的霊性。人間一人一人の自由や
個性を尊重しないかぎりスピリチュアルにはなり得ない。スピリチュア
ルなヒューマニズムが大事。

質疑応答:物欲、禁欲、我欲から解放されることが今の問題の解決。

対話をあきらめたら暴力しかない。なので、対話をあきらめない。ロゴ
ス(論理、言葉)と霊性は深く結びついている。

====
第2部 コーディネーター:上村雄彦
比嘉良丸さんの祈りと歌、辰巳玲子、星川淳、山川亜希子

辰巳:ランドアンドライフという名前で「ホピの予言2004年度版」
の上映会を去年から始めた。神戸から。ホピとは平和の人という意味。
最も古い歴史を持つネイティブアメリカン。偉大なる精霊からの教え。
88年2月に「ホピの予言」と出会う。「ああ、とうとう自分を明け渡
さなくてはいけないときがきた」と感じた。本当の自分を生きる、とい
うときが来てしまった。そうでなければこれからの世界はたいへんに
なってしまう、というメッセージを受け取る。原爆が起きて3年後、ホ
ピの長老が会議。自分たちの教えの「肺の詰まったひょうたん」、とい
うのが広島、長崎の原爆だった。ホピのトウモロコシの種まきは男の仕
事。これはいのちの交わりと同じ。乾いた大地に棒で穴を掘り、湿った
大地に到達したところで種を落とす。男女と同じ。ホピは母なる大地と
交わり、それでいのちをつないできた平和の民。

星川:911以降、「非戦」を書いたり、平和を求める翻訳者たち、を
立ち上げた。スピリチュアルなことは表面に出さない、強調しないよう
にしている。こういう場は苦手。環境問題では自分が変われば世界が変
わる、と言うけど、変わらない。河を汚すことをやめないと、変わらな
い。今の時代は密室で瞑想しても変わらない。自然界に対して病んだこ
とをやっていることが、人間の心身に現れている。1995オウム真理
教の事件。そのときは衝撃は受けなかった。よくあとから考えると、自
分にも責任を感じるようになった。ラジニーシの教えは麻原がぱくって
いた。自分はラジニーシの教えを受けていた。自分の訳していたものと
重なる。なぜああいうものを生み出したのかと考え、反省するように
なった。答え:仏教界やインド系の教えを学んでいる人には怒られるか
もしれないが、インド系の宗教性の中には、この世界を悪、汚らわしい
として解脱しようとする。解脱のために修行するのは、根強くある。こ
の世界は正念場ではない、とする。なのでカースト制があってもなんと
もしない。環境が悪くなっても変えようとしない、オウムのような「ポ
ワ」して悟りの世界に行かせてしまうという考えを生みやすい。もちろ
ん、仏教の中には大乗仏教もあるが。この世界を本当には愛しきらな
い、大事にしない、というところがあると感じるようになった。

この世界はここにしかない、この世界を愛する、という先住民の考え方
に惹かれるようになった。もちろん東洋の教えにもいいものがある。キ
リスト教の中にもいいものがある。ただ人間が利用していいという考え
はだめ。東西南北のすべての伝統から学び、おかしいものはおかしいと
して疑問をもってみることが大切。

簡単にうなづかない。疑問を持って問う、深い問いを発し続けることが
大事。

山川:今回のパネラーの中で一番年上、でもこういう関係のことをはじ
めて、20年ぐらいしかたっていない、翻訳をして、それぐらい。仕事
では星川さんは大先輩。ちょっと緊張する。昭和18年生まれ。爆撃を
覚えている。沼津に疎開。沼津に焼夷弾を落としている。母がほうきで
焼夷弾の火を消しているのを覚えている。B29の音を覚えてい
る。家の中を逃げ回る。でも無事生き延びた。幸せになるにはお金や物
があればいい、という考えで育った。経済成長とともに幸せになる、と
思った時代。それにどっぷりつかっていた。若い頃、精神世界など考え
たこともなかった。いい大学を卒業して、いい会社にいって、女性なら
いい男性と巡り会って結婚すればいい。

40歳のとき、急にあるワークショップに参加して、夫が「おまえはそ
のままじゃだめだ」といいだした。自分は外ばかり見ていた。自分がよ
くなるには、何か身に付ければいいと思っていた。知識なり、なんな
り。それがうまくいかない。あなたは何ですか、あなたは誰なんです
か?自分自身を知れば、それが一番大事。何もつけなくてもいい、と知
る。

アメリカに1982年に渡り、自分の真実の探求が始まる:自分は宇宙
と一緒。あなたがあなたを愛さなくて、何がおこるの?という学びにい
たる。それから不思議なことが起き始める。世界銀行に勤めていたと
き、ベトナム人に出会い「あなたがたは人々をリードする仕事を始め
る」と言われる。84年、シャーリーの「アウトオンナリム」に出会
う。魂が震える。これが私の知っていたこと、知りたかったことが全部
書いてある。その本を訳すことになった。「自分は誰?」この世界には
見えないものがある、という気付き。ピースボートに乗って出会った若
い人はとてもよかった。実行力があり、思ったことを実現してしまう。
平和を実現するには・・・1日にひとりが一人に平和のことを伝えてい
けばいい。一人がそれぞれ働いているのが今。私は楽観主義。

比嘉:沖縄から本土へきて、半月は巡礼している。巡礼と神事はわけて
いる。神事は地震や災害をおさめたいからする。すべての人が神の子。
すべての人に本当の神、自分自身の心とつながる。一番大事な足下を見
てから、精神世界に。自分自身の人生を歩むことが大事。心の目で見
る。宇宙の神、大地の神が怒り、地震や津波を起こしている。沖縄の聖
地で感じること。ひとつのいのちに対してどれだけ多くの奇跡を起こし
ていくか。人間が自分の歩む道を歩むこと。地震や津波は裁きではな
い。地殻変動機に入っている地球。本当の豊かさ、本当の平和を考える。

上村:第2部はスピリチュアルに生きることを実践をしている人ばかり。

星川:自然であること。自然というのは自分の外のことを考えがちでけ
ど、自分自身も自然。皮膚との境目なく自然を大事にすること。第1部
を聞いて思ったのは、どれも昔から語られてきたこと。必ずしもこの瞬
間のこの地球に、世界に通用するのかな、という疑問。たとえば60年
前にああいう戦争をして、あのときも仏教やキリスト教や神道も日本に
あったのに、ああいうことをした。宇宙、世界はこの瞬間瞬間に新しい
先端にいる。これまでのことは参考になっても頼りにはならない。疑う
ことが大事。今何が必要か、は後ろ向きでなく、クリエイトするしかな
い。自己、エゴ、という話しが出たけど、40年間考えてきたけど、そ
んなに気にしなくてもいい。自我というのは世界と向き合ったときにそ
う見えること。なくさなくても消さなくても、いい。ディープエコロ
ジーは自己を広げる。自分が宇宙。自我。

辰巳:スピリチュアリティという言葉は使って来なかった。私はつなが
りあう関係の中で自分が生かされていることが、わたしにとってスピリ
チュアルに生きること。特別なことではない。本当に身近に、足下にあ
る。平和もスピリチュアルという言葉を使わなくても、そう生きている
人はいる。山の中の90歳のおばあさん。畑をして暮らしている。90
になってもすばらしいといったら、何気なく、働いて生きるってあたり
まえのことじゃろ、といった。そういうあり方がすごくスピリチュアル
だと思った。特別なことのように思われがちだけど。たけしの番組の中
で超常現象というテーマで、ホピの予言を使わせてくれ、と言われたけ
ど、断った。本当に自分らしく生きるときに、自分だけでは生きられな
い、つながりの中で生かされていくということがわかっていく。ネイ
ティブの人たちはよく知っている。

山川:人は好きなように生きればいい。ワンネス、つながりを感じる。
宇宙、自分が宇宙の一部。すべてとつながる、という感覚が生まれたと
き、自分自身もそれ以外も大事にするものになる。生き方が一瞬一瞬に
集中していく。ひとりひとりのやり方でいい。お水のこと、食べ物のこ
と、そんな感じで。当たり前に生きる。普通に生きるということが私の
プロセス。

星川:スピリチュアル:対立しない、戦わないことがスピリチュアル、
というのがあるけど、そうではない。表面的な平和を乱さないことがス
ピリチュアルではなく、本当に自分自身でありきることこそがスピリ
チュアル。間違っていると感じることは間違っていると主張する。暴力
は否定するけど、たとえば自然を守るときに摩擦を恐れては行けない、
そういう勇気。

山川:私はふにゃっとしているほうだけど、とてもスピリチュアルな山
田せいさんなんかが石垣島の空港に反対。時にあ反対もするのも大事。
間違えてしまったことを、謝ることも大事。スピリチュアルなこと。

比嘉:平和と創るということは、平和な実践の中から。自分のことのよ
うに相手のことを思いやることからしかない。

星川:車の両輪のように思う。平和を創るためには片方には緻密な分
析、国際情勢、批判など理性の働き、社会性のようなものをシャープに
やらなくてはならない。研ぎすまされて的確な行動。同時にもう片方の
車輪には、自分の中、自分と人、自然という関係の中で心のあり方が大
切。スピリチュアルな目でシャープに見る。そこでバランスを崩さな
い。第1部でもあったけど、政治運動に偏ると暴力に走る。理性と心は
離れているある種別々のもの。両輪はどちらもしっかりあって、ある程
度離れている必要がある。じゃないと一輪車のようになってたおれてし
まう。

辰巳:両輪、バランスという部分。私自身は運動をやっているというつ
もりはない。ホピの予言に出会ってアメリカに渡った。大地といのちを
癒すためのランニング、に出会う。ランが祈りなら、私にも出来る。走
るのが祈りであるのなら、自分にできること(辰巳さんは陸上選手、ラ
ンナー)。ピースウォークで歩き、60日間オノンダガからサンフラン
シスコまで走る。肉体の痛みを越えていく。自分の肉体の面での浄化。
心も浄化。あるいは大地を感じて自然を感じて、自然とか大地や風を感
じていく。それが祈る。平和を祈ること。平和運動の中でピースウォー
クがことばだけでなく、自分の体が自然と呼応している、というのを感
じることができる側面がある。二つの側面を体験できる。そのために
ピースウォークはとてもいい。

山川:平和が目的でこういう世界にはいった。1985。xxxx?
のワークショップで彼が「僕は2000年までに愛と平和の世界を創る
ことが私の目的です。」瞑想を通じて、宇宙と自分がひとつだという体
験をすることで、それを実現しようとした。私も同じことをしようとし
ていた。あるときは政府と戦うことも必要。山田せいさんのように。イ
ラク戦争反対のデモで日本では5万人。他国では100万人。日本では
関心が低いのかしらとがっかりした。そういう行動も時には大事。でも
自分自身がすべてとひとつなのだ、ということに気付くことが大事。平
和運動がいい方向に向かうのにそれが大事。

比嘉:沖縄では旧暦を大事にしている。すべて行事は旧暦。旬のものを
食べる。祈りは当たり前。豊作を祈る。

山川:呼吸。深呼吸を1日3回。

辰巳:Let it happen.ことはタイムテーブル通りは動かない。起
こっていくことにまかせる。人知を越えたところで起こっていく。今、
今、今に生きることが意識的にできればいいかな。時間があるので、そ
うはいかないけど。ホピは平和という意味。謙虚である、忍耐強い、や
さしい、一つのところから生まれた、といういことを含んだ平和、平和
に満ちた人々。平和には忍耐も謙虚さも必要。自分の周りから実践でき
ること。最近のスローライフというのもていねいに接する、誠実に接す
る、ということもスピリチュアリティに通ずる。

上村:質問にうつります。
=会場からの質問、多数=
吉田:自分を明け渡すときと明け渡さないときの基準。
田口:ネイティブの生活について聞きたい。母系性の社会?財産の相続
とか恋愛も違う?子育ては?
ザキ:星川さんが一部の話しは古い、それで有効なのか、と言った。そ
の新しい何か、とはどういうもの?

比嘉:沖縄の慰安施設。白人しか入れない、差別の酷い時代1950
年。沖縄の戦争については10分なんて時間ではとても語れない。
=========
星川さんが、「こと環境問題や戦争などに関しては、いくら祈ったり瞑
想しても、環境破壊(あるいは戦争)という行為をやめない限り、現実
は変わらない」という主旨の発言もありましたが、どこでの発言かメモ
を取り忘れました。まったく共感します。3次元での現実を変えるに
は、水や空気や土を汚すことや、武器を使うことをやめないと、現実は
変わらないですよね。

最後の対話集会では会場からも活発な発言がありました。十分な発言が
できずに(2回目の発言ができなくて)気分を害されて帰ってしまった
方もいまして申し訳なく思いました。今後の課題です。みんなにひとり
でも 多く発言してもらうことと、対話をより深めていくということの
両立が難しかったです。

3部の最後の一言で、日本山妙法寺の石橋行受さんが「この世にはカル
マの法則、縁起というものがあります。ーすれば、ーされる、ーには自
分で何か言葉をいれてみてください」という言葉をくれたときに、会場
で星川さんが「愛すれば、愛される」と小さな声で言っていたのを、私
は今日のシンポジウムから持ち帰りました。

この地球のどこで新しいいのちが生まれても、そのいのちが生をまっと
うできますように。今の地球ではあまりにも多くの子どもたちが毎日毎
日飢餓で亡くなり、戦争で殺されています。変えたいです。おやすみな
さい。

家族の平和のために(子どもたちが限界でしたので)懇親会を失礼し
て、鴨川に戻りました。

ゆみ

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