Archive for the ‘シンキング’ Category

11月27日のシンポジウムから日にちがたっても感慨無量です。
バブ(Sumana Barua)さんの教えを伝えてくださいました。  
「スピリチュアリティと平和」のシンポジウムの時、
ぼくはバブSumana Barua) さんを会場で取り次いだので、
印象深く記憶に残っています。
バブさんの言っていること、実践していることなど、日本人として
心に染み込みました。
(Y・S)
= = =

  「いのちはレントゲンには写らない」 
             バブ(スマナ・バルア)さん

★アイデンティティーとは?

私達は足元、つまり、自分のアイデンティティーを忘れています。
なぜ、足元を忘れてしまっているのでしょう?
祖父母が苦労して私の父母を育て、父母も又苦労して私を育てました。
そうして、私は大学生になったのです。
便利な世界にいて、自分の根っこについて考えてみる事を忘れてしまいました。
もう一度、地域の中で生きていくために、足元を見つめ直すべきだ、と訴えたい。

今日は、最初にアイデンティティーについてお話します。

「わたしはだれなのか?
 わたしはどこからきたのか?
 どのようにしてここへきたのか?
 ここからどこへいくのか?
 どのようにしてそこへいくのか?
 そこでなににとりくむのか?」

私達はこういった人生におけるもっとも基本的な事柄を忘れているのです。
地域やムラがだんだんと街になって、関係性が希薄になり、
自分たちの足元を見直す事を軽んずるようになりました。

学生達には、このアイデンティティーの詩を書き写していただきます。
そして、くりかえしくりかえし考えてもらうのです。

自分の中に自分の声がある。
その声を聞くチャンスが、なかなか今の若者には無いようです。
しかし、自分の根っこ、アイデンティティーを見つめ直すべきだ、と
私は学生達に語っています。

★私自身のアイデンティティーについてお話します

私はバングラデシュの貧しい農村に生まれました。
田んぼの中にある、この写真の建物が私の小学校です。
12歳だったとき、近所のお母さんがお産のときに亡くなりました。
私の母も私の姉も泣いていました。
それを見て、
「女性がお産で死ぬなんて、とても悲しい事だ。
 よし、将来必ず医者になって、
 お産で女性が死ぬ事のないように村人のために働こう。」
と心に決めました。

私は今、日本の大学の医学部で教えています。
医学生達は、高校生の時、成績がよかった、勉強がよくできた、
ということで医学部を選んでいる。

なんのためになにをしているのか。
アイデンティティーについて考える習慣がないのかもしれません。

★仏教者の叔父から教えられた事

私の叔父は、仏教のお坊さんです。
一族の23代目として、全世界仏教者会議を召集し、
世界宗教者平和会議の創設理事を務めました。
京都の国際会議場にもよく来ました。
今の天皇陛下の結婚式に招待を受けたこともありました。

この叔父は私にとても厳しく教えて下さいました。
教えの一つにこんなことがあります。

「活動をお手伝いしたいのですが、どうしたらいいですか?」と尋ねると、
叔父は、「自分のできる所から、始めなさい。」と言ったのです。

自分には何ができるのか?
私は、中学生でした。
「自分の志、心の問題として考えてみなさい。」と、
課題を投げかけられました。

叔父さんは、毎朝、子どもたちに声をかけ、世話をしていました。
家族のないこの子どもたちの何人かは皮膚病がひどくなっていて、
ひどいにおいがして
誰も近くによりたがらない状態でした。

しばらくして、叔父さんが私にヒントをくれました。
「自分の体を洗うくらい丁寧に、この3人の子どもの体を洗ってあげなさい。
 それは、自分でできる仕事だろう。」

1週間毎日体を洗ってあげていると、この子どもたちは、すっかり私になついて、
毎朝私を待っていてくれるようになりました。
私は、心の満足を見つける事ができました。

私のはじめてのボランティア体験は、心の満足から始まりました。

★日本では外国人労働者になってしまった

私の兄は、その頃日本に留学中で、京都工芸繊維大学の大学院生でした。
兄に「医者になりたい」と言いました。

そして少しずつ日本語を覚えて、日本にやって来ました。
日本に来たら、医学部での勉強は専門、専門になってしまっていて、
電気も無いようなバングラデシュの私の村では、
使えないということに気づきました。

日本の医療技術は、日本の今の経済状態だからこれでよいのだが、
アジアの他の国でそのままでは使えない、と大変残念だったのですが感じました。
それで、他のアジアの国で勉強したほうがよい、と考えるようになりました。

日本では医学部に行かずに、「外国人労働者」になりました。
ほかのことではパイオニア(先駆者)になれなかった私ですが、
外国人労働者のパイオニアになることができました。

長野県富士見高原のゴルフ場で働いたり、
中央高速道の小淵沢インター建設工事で働いたりして学費をためました。
牧場で働く事もありました。
働きながら、自分の足元を見る努力をしました。

この頃の私は、このスライドのようにスリムでハンサムでしたよ。
稲刈りの仕事の後で、仲間と一緒にいるところです。
畑でジャガイモを作って、たくさんとれたので、
友人に「人間の先生になるよりも、ジャガイモの先生になったほうがいいよ。」
と言われたこともありました。

でも私はあきらめませんでした。

自分をさがす旅が始まりました。
私は20歳でした。
人々の中に入って、自分の道を見い出したいものだと考えました。

医者になる以前に、患者さんとして受診する人々の気持ちや生活のありようを、
理解しておきたかったのです。

トラックの運転助手をしているとき、東京から下関まで
11トン・トラックに乗って何度か往復しました。
この辺り(但馬)も通りましたので、懐かしく思い出します。

あるとき、東京で魚を食べたとき、とても美味しいと思いました。
そこで、友達に頼んで友達の親戚の北海道の漁師さんの船に
乗せてもらうことにしました。

2月半ばのことでした。
1年で一番寒いときに人々はどの様に魚を獲っているのか、
体験させていただきたかったのです。
とても楽しい4日間になりました。

人々の生き方から、いろいろ勉強させていただきました。

★「人々の中へ」

これは、中国の偉大な教育者、
晏陽初(イェン・ヤン・シュウ)(1893-1990)の詩です。

「人々の中へ行き、人々と共に住み、人々を愛し、人々から学びなさい。
 人々が知っていることから始め、人々が持っているものの上に築きなさい。
 しかし、本当にすぐれた指導者が仕事をした時は、
 その仕事が完成したとき、人々はこう言うでしょう。
 我々が、これをやったのだと。」

教育者の哲学だと思います。
学生が自分たち自身で努力しているのだ、と感じる位、
教師は表には出ずに後ろからサポートするのです。

渋谷先生が研究された晏陽初の事蹟を通して、
色平(いろひら)先生が渋谷先生方と出会った、と伺っております。
何かのご縁を感じます。

★レイテ島で

フィリピンのレイテ島では助産士として、
10年間村々を歩いて総計215人の赤ちゃんを取り上げました。

日本では、「地域おこし」「村おこし」などと、美しい言葉を使っていますね。
しかし、村づくりに取り組む事はそうそう簡単な事ではありません。
美しい言葉の中に
どれだけ自分たちの志、心根が入っているか、が重要だと思います。

レイテ島の学校では、
従来は、卒業して医者や看護婦になると
みんなアメリカ合衆国に行ってしまいました。

あるいは島にではなく、
都会の大病院で働くことを好む専門家が多かったのです。

フィリピンの教育者たちはこのような「頭脳流出」といわれる事態に対し、
何とか取り組まねばならないと考え、
私の学んだ特殊な医学校を設立しました。

村人の推薦で、彼らの信頼を受けた学生が、奨学金をもらって勉強します。
彼や彼女が学校で学んだ知識は、それぞれの村に持って帰って実践します。
学校と地域とを行ったり来たり往復している間に、
学生と村人との間に心のつながりができる。

このような社会契約を教育構想として、特徴ある医学校が設立されました。 
従来のように、看護の教育と医学の教育とが別個にではなく、
直線的に配列されています。

★助産士から医師へ

最初に助産士の勉強を終え、
その後看護士、保健士、医師へと階段状に勉強していきます。
それぞれのコースの間には、村で実際の活動に取り組みます。

日本の医学部では、医学を教科書で教えますね。
入学して、教科書の内容を先に覚えるのです。
次に、医療機器の使い方を覚えるようです。
そこでは、人間と人間が出会うことが、後回しにされています。

レイテでは、小グループで勉強して、
村の患者さんについてさまざまな角度から話し合いました。
討論しながら勉強するのです。
教科書に書いていない事柄についても、
村人の生活から直接学んできて、互いに質問を出し合い、
経験を交換しながら、学んでいくのでした。

★お水の大切さを教える

村の若いお母さん方に最初に教えるのは、お水のことです。
きれいな飲み水はどこにあり、どのように貯蔵して、
どのように飲むのかということです。

赤ちゃんに予防注射をしたかどうかだけではなく、
ここでは(医療者として)薬の処方や注射をするだけでなく、
人間全体を見渡した教育を目指しています。

健康教育では、お水の問題が中心になります。
きれいな飲み水を大切にする事によって、
途上国での病気はその70%が予防可能になります。

しかしこの事の重要性について、
なかなか大学の医学部では理解されず、取り組めておりません。

村々を回るときには、家族全員のカルテを持って歩きます。
又、赤ちゃんを取り上げるために、はさみなどの医療機器も持ち歩きます。
川が多く、橋がかかっていないこのような場所では、
このスライドのようにいかだで渡ります。

★戦争を知らない若者達

日本の医学生達を、たくさん受け取りました。
レイテ島は、戦争がひどかった場所です。
戦争が悪かったとか、誰が悪かったということより、
日本の若者はまず事実を知るべきです。

多くの日本の若者はレイテ島がどこにあるかさえ知らないのです。

あるとき東大の大学院生がレイテ島はどこにあるかと質問するので、
冗談で、佐渡ヶ島のちょっと北のほうだ、と答えたことがありました。
すると、彼は真顔で地図を見て、そんな島は載っていないと言うのです。
まったく困ったことです。

レイテ島の若者と日本の大学生たちとが出会う場を作ろう、と考えました。
戦争は戦争であったとしても、
その事実を知るためにこそ日本の学生達をお引き受けいただき、
ホームステイさせていただく活動にも取り組みました。

電気も水道もない村で人々がどのように生きているのか。
アジアの兄弟たちがどんな水を飲んで、どんな食事をして生きているのか、
と想像することができることこそ、
日本の若者にとって大事な勉強の機会になるのです。

村の教会を借りて、月に一回の巡回診療に取り組んだ時の写真です。
毎月のように子どもたちを診察しますが、
この機会をとらえて若いお母さん方と話をする事ができます。

お水の大切さ、などの基本的なことがらをお伝えします。
井戸のきちんとした管理の重要性、
水を沸かしてから飲む事、外から遊んで帰ったら、手を洗う事などなどです。

病院などのない地域ですので、
このように小学校の一室を借りて診察する事もありました。 

この道路は、当時日本軍が通った所です。
今はすっかり道が良くなっていますが、
こんな道路を4キロぐらい行ったところから
牛車に乗ってやってきたお母さんが2時間後に元気な男の子を出産しました。

自動車などは島にありません。
そういう地域で、夜中であっても赤ちゃんを取上げるために往診するのです。

医学生だった色平先生と一緒に、このような村を歩き回った事がありました。
色平先生は、「僕もこういうところで仕事をしたい。又、暮らしてみたい」
と言いました。そして今、二人で同じ仕事をつづけています。

★住民から見た日本

初めて日本の学生達を受け取るとき、村の一人のリーダーが
「自分が生きている間に、日本人の顔を二度と見たくない」と言いました。
日本軍に目の前で自分の父親が殺された、との事でした。

私はチャレンジだと考えました。

何度も何度もこのリーダーのご自宅に足を運び、説得にあたりました。
そして、「是非、一人学生を受け取ってください。」と頼みました。

村でのホームステイの最終日、このおじいさんは、別れ際に泣き出して、
「戦争は戦争でしかたない。これからは、いい友達になろう。」
と声をかけてくれました。

人と人と、街と街と、地域と地域、何をどのように、つなげていくのか。
人間と人間の心をつないでいく作業は私にとって、
とても楽しい大切な思い出になりました。

医学の教科書には書いていない重要な事柄です。

★人間として人間の世話をするために

バングラデシュは、洪水でとてもひどい状態になります。
水が少なすぎても、多すぎても大きな問題を起こしているのです。
市内の裏街のほうに行くと、とても貧乏な人々がいます。

皆さん、ご存知と思いますが、
発展途上国では、金持ちは考えられないほどの金持ちです。
とても隔差の大きな社会です。

このスライドのような場所、
スラムに住む子どもたちの公衆衛生状態や教育はどうなっているのでしょう?

皆さん、想像の翼を伸ばしてください。

バングラデシュの医学部で教えていたとき、
「村の中からこそ学ぶべきだ!」とアピールしました。
地域の中からこそ学ぶべきだ、と申し上げたのです。

「人間として人間の世話をする」体験は、
学生にとってとても大事な思い出になったようです。

若いお母さん方には、家族計画や健康な子育ての方法を教えました。
村おこしには、地域での健康づくり活動が含まれています。 

村々にボランティアを養成して、子どもたちのために村を歩き回りました。
医学部で教えながら、
地域活動している村人と協力して10本の井戸を掘りました。

きれいなお水の出るところに、人々はみんな集まってきました。
日本でも昔はそうだったかもしれませんね。

★おばあさんの教え

私のおばあさんが、「朝は、早く起きなさい。」と教えてくれました。
私が起きるようになったら、
「兄弟たちを起こしてあげる事が、次に大切なことですよ。」
と教えてくれました。

私はそのときには、この教えが十分に、理解できていませんでした。
この教えは、自分がなにかできるようになったら、
それを後輩たちに伝えることが次の仕事になる、という意味です。

おばあさんは私に、「教育」という一生の仕事を与えてくれたのでした。

★ぶつかってみないとわからない

ネパールで、あなたの家から診療所まではどのくらい遠いですか、と聞くと、
「すぐ近くです」と言うのですが、
実は歩いて1時間かかるという意味であったりします。

このスライドはネパールの川です。
誰かが頭を洗い、誰かが洗濯をしていますね。
飲み水をくみに来ている人もいます。
もしかすると上流の方では、おしっこをしている人がいるかも知れないのです。

お水は大切です。

村の人々に、「お水は沸かしてから飲むようにしてください。」と、
くりかえしくりかえし根気強く申し上げました。
健康に関する諸問題が、かなりの程度予防できるからです。

バングラデシュの私の村でもそうだったのですが、
人間は困難にぶつからないと気づかないものです。

村のお母さんたちが私に質問しました。
「バブが小さい時、川の水を飲んでいて元気に大きくなったというのに、
 なぜ私の子どもには井戸の水を飲ませたほうがよい、と言うのですか?」と。

あるとき、大きな台風がきて洪水になり、
周りの村の子どもたちが下痢になったのに、
井戸のある村の子どもたちは下痢をしなかったという事がありました。

お母さん方はその後でやっと、保健活動の重要性を理解してくれました。

数年前、神戸市の高校の先生方に講演した事がありました。
アジア各国の子どもたちの教育について、
そしてきれいな飲み水の重要さについて話してください、との依頼でした。

私は、お水は大切です、と講演の中で何回か申し上げたのですが、
後ろの方の席の先生が終了後立ちあがって意見をおっしゃいました。
「日本人は馬鹿なものではありません。
 一度言えばわかりますよ。お水は大切です。」
と、怒った様子でおっしゃいました。
私は困ってしまいました。

1年ほどして、神戸で大地震があって、
その3週間後くらい後で私の自宅に電話がありました。
あのときの先生からでした。
「バブさん、実は今日は謝りの電話です。
 私は去年のバブさんの講演会の後、意見を言わせてもらった者です。
 覚えていらっしゃいますか?
 今日はバブさんに謝りたい。
 私はこれまで毎日お風呂に入っていたのですが、
 あの地震の後、今日までの三週間、お風呂に入れずにいます。
 今、お水が大切である事が本当に理解できました。」
とのお話でした。

私はびっくりして、
「先生、お体は大丈夫でしたか?ご家族はいかがでしたか?」
とお尋ねしました。

つまり、人間はなにか困難にぶつからないと、気づかないものだという教えです。

だからこそ、学生達には、
「若いうちにこそ、できる限りたくさんの壁にぶつかっておきなさい。」
と強く申し上げています。

★いのちはレントゲンには写らない

中年の男性が患者さんとして診療所へ来ました。
日本のお医者さんたちは「どうしたんですか?」と聞いて、
「頭が痛い」と言うと、「はい、レントゲンを撮ってきて…、異常なし。」
これで終わりです。

おじさんは、奥さんとけんかをしたのかもしれないし、
酒を飲みすぎているのかもしれない。
急に仕事を首になったのかもしれないし、
また別の悩みをかかえておいでになるのかもしれないのです。

でも、このようなできごとは、レントゲンのフィルムには写らないのです。
患者さんと医師の対話の中でこそ診断が可能です。

ですから、学生達には、さまざまな壁にぶつかりなさい、
たくさんの人間に出会いなさい、と教えています。

人間として、人間の世話をする取り組みに意味を見出して欲しいのです。

★ベトナムの農村で

ベトナムの農村で、地雷のために左足がだめになった人にお会いしました。
彼は木で自分の義足を作って農作業をしています。

一緒にいた奥さんと娘さんは爆発で亡くなりました。
この人は、戦争中の次の爆発では右目をやられました。
そしてさらに、ハンセン病を発病して両手の指先がなくなってしまいました。
彼はこの状態で今も農業を続けています。

彼は、自分を見つめなおす事に取り組んでいます。
米を作って、自分と息子の分の食料をとり、
残りのすべてを村の人々に分かち合いながら暮らしています。

彼は、こう私に話してくれました。
「私は、もし家内と一緒に死んでいたら、なんにもならなかった。
 しかし、私は、今生きていることで満足です。」
彼は地域の人と共に生きていく事の重要性を、私に教えてくれました。
自らのアイデンティティーを見つめ直す事を教えてくれたのです。

現場に行くと、いろいろな人と出会うことがとても勉強になります。
地域の中には、たくさんの教えや財産があるのです。

★日本の小学校で

日本の小学校でお話をしたときの事です。
私はまず生徒たちに
「今日のお昼ごはんのおべんとうを半分食べて、
 おいしくなかったので捨てた人はいますか?」
と尋ねて、手を挙げてもらいました。

そして、アジアの貧しい国で子どもたちが食べ物を分け合って、
食べている様子を写真で見せました。
「あなた達の同じアジアの兄弟たちですよ。
 いただいたものは大切にして食べましょう。」

「次の質問ですよ。
 鉛筆を3本だけ持っている人はいますか?
 いない。

 それでは鉛筆を5本以上持っている人は?
 全員ですね。

 私が子どもの頃、鉛筆を買うことはできませんでした。
 母が竹のペンを削り、バナナの皮に書いて勉強したのです。
 こうして字を覚えました。」

そして、スライドでカンボジアの子どもが1本の鉛筆を持って、
有難うございました、と手を合わせている写真をお見せしました。

すると後ろでこの話を聞いていたお母さんが手を挙げて質問しました。
「先生、カンボジアの子どもたちに鉛筆を送りましょうか?」

このお母さんは、残念ながら経験した事がないのです。
ぶつかった事がないのです。
従来の日本の援助のやり方に似ています。

大切な事は、自分の子どもたちに鉛筆を大事に使うことを教える事なのです。

★子どもたちのために

私がいた頃87年のこと、レイテ島に大きな台風が来ました。
私は災害救援組織を作りました。
父母を亡くし、途方にくれている子どもたちのために、
安全な場所を見つけようと取り組みました。
安全な飲み水や食料を確保するために働きました。

このネパールの山の中の子どもたちは、
学校に行く時間なのに学校に行っていませんでした。
なぜ、教育の機会が与えられないのでしょうか。

彼らの将来のことを考えねばなりません。
教育の光が不足している所には、光を届けるための努力を傾けるべきです。

「我々は、多くの過ちや間違いを犯している。
 しかし、最大の過ちは、子どもたちを見捨てている事だ。
 その生命の泉を無視している事だ。
 多くの必要な事は、待つ事ができる。
 しかし、この子どもたちには、それができない。
 今、彼の骨が作られ、血が作られ、感覚が育っているのだ。
 この子に対して私達は、また明日ね、と言うことはできない。
 この子の名は、今日なのだ。」

★あいさつからはじめよう

あるロータリークラブで、講演したとき、
「自分のできる事から始めてください。」と申し上げました。
そして、「おはようございますと、声をかけられたことがありますか?
 近所の子供たちに毎日挨拶していますか?」とお尋ねました。

ある社長さんは、「知り合いの子にしか、挨拶していません」と、
お答えになりました。
「では、社長さん、明日から毎朝、子どもたちに挨拶しましょう。」と、
私は申し上げました。

私の母はあるとき、「目の前の人があなたの鏡なのだ。」と教えてくれました。

私は25年後の日本の国のことをとても心配しています。
あと25年経ったら、日本社会はどうなっているか。
25年経って、こういう国に暮らしていたい、
と具体的にお考えになってください。

今、自分たちのできる事は、子どもたちに挨拶をする事かもしれない、
と申し上げたい。

最初は周囲の人々は、このおじさんはどうしちゃったのかな
と疑問に思うかもしれません。しかし、
奥さんと一緒にスーパーに行ったとき、知らない家の子どもが、
「おじさん、こんにちは。」と声をかけてくれるかもしれないのです。
その子のお父さんが、「どうしてあのおじさんを知っているの?」
と子どもに尋ねたとき、
「あのおじさんは毎朝、おはようと声をかけてくれるんだよ。」
と答えることになるでしょう。

ですから、相手が、おはようと私に答えてくれるかを心配する前に、
25年後、こんな国に私は住みたいものだ、という将来に向けた理想を持ち、
現在において、その実現のための努力に取り組む事こそが、
今大切なのではないでしょうか。

バブさんのHP
http://www.hinocatv.ne.jp/~micc/Bab/01BabCover.htm

■問題意識「公共的霊性と地球的平和」

 小林正弥です。いよいよ11月27日のシンポジウムが近づいてきました。
 このシンポジウムは「スピリチュアリティと平和」というテーマで、おそらくこれまで類例のないものではないか、と自負しています。平和のシンポやスピリチュアリティのシンポはそれぞれ様々に行われていますが、この双方を本格的に論じたシンポがあったかどうか。

 しかし、平和運動が新しく人々を惹きつけて再生していくためには、このような観点が必要ですし、逆にスピリチュアリティに関心を持つ人々が本当に利他的な貢献を社会に行っていくためにはこのような問題意識が必要ではないか、と思うのです。実際、これまでの広報によって、「これこそ、本当に私が求めていたテーマだ」という人が現れてきています。このシンポを皮切りに、平和に向かって行動する人々、いわば「平和への使者」や「平和への志士」が続々と現れてくることを私は望んでいます。

 このシンポジウムに向けて、私達は8月以来、3回の研究会を重ねてきました。
 8月に「公共的霊性と地球的平和ーー新しい平和運動の構築に向けて」という報告を私が行い、シンポの基本的問題意識を説明しました。

まず、過去の平和運動の問題点を思想的に乗り越える必要性を指摘して、その1つの試みとして、私が主宰しているフィロソフィア第1回の内容を簡単に紹介しました。そして、スピリチュアリティの概念について、鈴木大拙から始まって近年の主要な考え方を紹介し、暫定的な定義を提起しました。「超越的・形而上的実在に基づく(その存在を含意する)世界の特性ないし人間の精神性・宗教性」というものです。

 そして、平和運動を再生させるためには、内面的平和と外面的平和との間で好循環を形成する必要があることを主張しました。シンポの副題「こころと世界をつなぐムーブメント」は、スタッフの間で相談して、これをわかりやすく表現したものです。

 さらに、「公共的霊性」という概念を提起しました。これは、「市民宗教」という概念を発展させたもので、公共哲学における「公(国家、政府)/公共(人々、民)」という区別を念頭に、霊性の概念と結びつけたものです。平和をはじめ政治的問題についても精神的・霊的観点が必要だからです。「公的霊性」が国家宗教を意味してしまうのに対し、「公共的霊性」は、人々の間で下から形成される霊性です。また、特定宗教を意味しないために、「宗教」ではなく「霊性」という言葉を用いました。

 国民国家を超えた「地球的平和」を実現するためには、靖国問題に見られるような「公的霊性」を避けて、「公共的霊性」に目を向ける必要があるのではないか。これが、シンポジウム第1部「公共的霊性と地球的平和」の問題意識です。

 でも、世の中には、「スピリチュアリティ(霊性)」という概念を聞くだけで、「怪しい」と危険視したり忌避する人もまだ数多く存在します。そして、そこには、それだけの問題点も事実存在します。そこで、スピリチュアリティのもたらすポジティブな側面に注目する一方で、そこに伏在する注意点についても予め自覚することが必要でしょう。

 具体的には、
●利己主義的呪術(原始時代から)
●国家宗教(古代からの公的霊性、国家神道、現在では靖国問題など)
●原理主義宗教(世界宗教にも見られるキリスト教・イスラーム原理主義など、
    「反テロ」世界戦争の思想的一因)
●カルト宗教(最近の全体主義的霊性、統一協会・オウム真理教事件など)
を挙げておきたいと思います。靖国問題などについては、次項でふれたいと思います。

 以上が、このシンポにおける私自身の基本的問題意識です。この研究会には、稲垣先生が来てくださり、靖国問題などについてコメントをしてくださいました。そこで、先月の研究会「神道と靖国問題」についても、稲垣先生に報告して頂くことが決まったわけです。

■事前研究会を踏まえて

 続いて、9月・10月と2回の平和公共哲学研究会を行いました。平和に向けてスピリチュアリティの重要性を語ると、現在与党に加わっている公明党の姿勢や、靖国問題がしばしば論点として指摘されます。そこで、この二つについて、学問的な観点を踏まえて議論する場を作りました。

 9月の研究会は、「スピリチュアリティと平和2-日蓮仏教の公共的展開」と題し、日蓮仏教に関する、戦前から現在に至る展開について、大谷栄一先生(南山宗教文化研究所)に「戦前期日本の日蓮仏教にみる戦争観」 という報告をして頂きました。市民からの報告や議論も行い、大いに盛り上がりました。創価学会も含めて考えると、日本における日蓮仏教の信者の数は極めて多いので、日蓮仏教について正面から議論することが重要だと思います。ここでは、日蓮仏教を公共的に展開するにあたって、様々な問題や課題が指摘されると共に、その意義やその経験から学ぶべき洞察も論じられました。

 10月の研究会は「スピリチュアリティと平和3-神道と靖国問題」というテーマで、鎌田東二先生(京都造形芸術大学)から「『日本的霊性』を問い直す」、また稲垣久和先生(東京基督教大学)から「宗教感情から霊性へ」というご報告を頂き、活発な議論を行いました。鎌田先生は鈴木大拙の「日本的霊性」の観念を批判しながら、神道におけるスピリチュアリティについて話されました。
 また、稲垣先生は、公共的霊性の観念を用いつつ、靖国問題について議論を提起されました。靖国神社は創立以来、「国家神道」との結びつきが深く、いわば「公的霊性」に相当することになります。これに対して、「公共的霊性」という観点から、単に靖国参拝を批判するだけではなく、それに代わる代替的国立施設を建設することがその解決策として提案されました。
 平和問題にとっては非常に重要な靖国問題について、神道のスピリチュアリティの観点からの議論と共に論じる機会はほとんどないので、この点でも貴重な研究会だったと思います。

 この双方の研究会は、平和公共哲学研究会としては、参加者数が最大規模のものとなり、関心の高さが感じられました。また、研究者も相当数参加しておられ、研究者と市民の双方が関わるこの研究会の性格が明確に現れていました。

 さて、これらの成果を踏まえて、いよいよ27日のシンポを迎えることになります。私の8月の報告やこれらの研究会を通じて、スピリチュアリティに関連する問題点や課題についてはかなり深く議論をしたと思います。そこで、シンポでは、これらの点を念頭に置きつつ、むしろスピリチュアリティが平和の実現に対して持つ積極的な意義や可能性に焦点を当てたいと思います。

■当日の構成と目的

 それでは、いよいよ当日の構成を説明します。チラシなどの説明をさらに詳しく述べてみます。
 特にオウム真理教事件以来、「スピリチュアリティ」という概念には、それだけで「怪しい」「危険だ」というイメージが多くの日本人に持たれるようになってしまっています。そこで、今回のシンポでは、このような状況を払拭して平和に対するその積極的意義を引き出すために、次のような3部構成を考えました。

●まず、第1部では、研究者が、相対的には客観的・理性的にこの問題を論じて、以上のような懸念を払拭し、スピリチュアリティの平和への意義を論じる。
●ついで、第2部で、実践者から、具体的に生き生きと、このテーマに対して語って頂く。
●最後に、第3部で、参加する市民から、この主題に寄せる思いや感想・要望などを積極的に語って頂く。

 まず、第1部「公共的霊性と地球的平和」では、研究者の観点から問題提起がなされます。稲垣先生はキリスト教の立場から、吉田先生は仏教の立場から、斉藤先生は新宗教の立場から話されますし、島薗先生は日本を代表する宗教学者で新霊性運動にも深い知見を持っておられます。特定宗教の立場に限定されて論じると、平和の実現には結び付きにくいので、このように様々な立場からの議論を展開することによって、内面的なスピリチュアリティが外面的な平和へと寄与する道が開かれることを期待しています。

 次に第2部「スピリチュアルな平和の実践」では、スピリチュアルな観点からの実践を行っておられる方々からの議論がなされます。26日の東京平和映画祭では「ホピの予言」が上映されるので、それに合わせて、星川淳、辰巳玲子の両氏にネイティブ・アメリカンの観点からの話をして頂きます。また、日本で同様の観点を持つ地域として、平和問題でも重要な沖縄が考えられますが、沖縄神人[カミンチュウ]巡礼を主催しておられる比嘉良丸氏に祈りや話しをして頂きます(順序は第2部の初め)。さらに、海外の近年のスピリチュアリティの紹介に大きな役割を果たされている山川亜希子氏に登場して語って頂きます。

 それぞれが異なったスタイルを持ちつつも、共通して、スピリチュアルな観点から、平和の実現に向けてのメッセージをいただけると期待しています。内面的平和と外面的平和、「こころと世界をつなぐムーブメント」というテーマは、この第2部でもっとも本格的に展開されるだろうと予想しています。

 第3部は、対話集会です。本ネットワークが企画している最近のシンポジウムでは、対話集会で極めて活発な議論がなされ、1つの特色となっています。特に今回は他に類例の少ない企画なので、これについての生き生きした意見が聞けるだろうと想像しています。皆様も積極的にご発言ください。

 また、この中で、小林一朗、鬼丸昌也、きくちゆみ、石橋行受、ベンジャミン・フルフォード(チラシ作成の後に来て頂くことになりました)の各氏にも短いスピーチをして頂きます。これらの方々は、新しい平和運動の波を代表しておられ、普段は平和運動の中身について話されています。今回は、その背景にあるスピリチュアルな発想について語って頂きたいと思っています。

 さらに、今回のテーマにふさわしく、スピリチュアルな、平和への祈りや瞑想や歌などをごく短時間行うことを予定しています。第2部のはじめに比嘉良丸氏から、また第3部の終わりに山川亜希子氏から行って頂くことを考えています(交渉中)ので、お楽しみに。地球平和公共ネットワークでは、「平和術(アート・オブ・ピース)」を提案していますが、「スピリチュアル・アート・オブ・ピース」をここから発展させていきたいと願っています。

 このシンポに期待されている皆様、それぞれの思いや願いを書かれたらいかがでしょうか。それを参考にして、なるべく周囲の人達に声を多くかけ、200人の会場を埋め尽くしましょう!

「反テロ」世界戦争がなお継続し改憲の危機が迫る中で、平和な世界を実現するために必要なのは何でしょうか? かつての闘争的・暴力的な平和運動に対して「怖い」というイメージができてしまったのに対し、これからは、特に若い世代で関心の高いスピリチュアリティに関心を向け、スピリチュアルな非暴力的平和運動を新しく作っていく必要があると思われます。

外面的な平和を実現するためには、内面的な平和を実現することが必要であり、内面的な平和の達成は外面的な平和の実現へと寄与することが重要です。このような好循環を実現するためには、何が必要でしょうか?

宗教的・霊的運動の多くは平和の実現を希求していますが、これまでは現実の平和運動では必ずしも十分な注目がなされてはいないように思えます。他方、「反テロ」世界戦争では、宗教的原理主義などが戦争に加担しています。
 
そこで、これらの問題を考えるためには、平和のスピリチュアルなアートを開発すると共に、原理主義・靖国問題・宗教間対話など「宗教と政治」と関わる問題を考究する必要があります。そこで、様々な宗教的・霊的伝統に立脚する研究者と実践者とをお招きして、これらの点を議論しつつ、新しい平和運動のビジョンを提起したいと思っています。

平和運動に関わりながら内面性にも注目して運動を発展させたい方、またスピリチュアルな関心を持ちながら平和の実現にも関心を持たれる方、さらには平和の実現を希求される方の全てに、是非ご参加頂きたく存じます。

 小林 正弥(千葉大学教授、公共哲学センター長)