包括的非戦声明への経緯

「包括的非戦声明への経緯:地球平和公共ネットワークの歩み」

(*以下は、包括的非戦声明の記者会見用資料(2003年9月19日)の中から、経緯に関する部分を一部改訂したものです。)

1.公共哲学ネットワーク

佐々木毅・金泰昌編『公共哲学』全10巻(東 京大学出版会、2001−2002年)の成果を継承しつつ発展させるために、2001年度から公共哲学研究会を発足させる。公共哲学とは、公共性の実現を 目的とする「智恵を希求する学問」であり、タコツボ的専門分化を打破する「学問の構造改革」を遂行している。学際性・国際性が、その重要な特色である。こ れらによって、平和・福祉・環境をはじめ、現実的な社会的・政治的問題に対して正面から論じる実践性を持つ(公共哲学ネットワーク編『地球的平和の公共哲 学——「反テロ」世界戦争に抗して』(東京大学出版会)、山脇直司・小林正弥「公共哲学宣言」参照)。
この特色から、9・11の事件が起こった直後に、この問題に正面から取り組むために、多様な領域の研究者が、かねてから構想されていた公共哲学ネットワークを結成し、そのサイトとメイリング・リストを中心にして活動してきた。事務は千葉大学・公共哲学センターが担っている。

ここに掲載された緊急論説「黙示録的世界の『戦争』を超えてーー地球的共和世界の道標」が、改訂されて小林正弥『非戦の哲学』(ちくま新書、2003年3月)として刊行された。
2001年の年末12月28—30日には、「地球的平和問題——反「テロ」世界戦争をめぐって」という大規模な学際的会議を千葉大学で開催し、イスラーム研究・アメリカ研究・国際政治・政治学・憲法・宗教学などの代表的研究者が会して、この問題について本格的な討議を行った。
ここで「平和問題」という表現は、丸山眞男らの参加した「平和問題談話会」から取られている(小林正弥編『丸山眞男論——主体的作為、ファシズム、市民社会』(公共哲学叢書第2巻、東京大学出版会、2003年)。。この精神を今日の時点で再生させつつ、「一国平和主義」の限界を脱して、アフガニスタン問題などの地球的問題に視座を拡大することを目的として、「地球的平和問題」という主題が設定された。
報告や議論の内容が非常に充実していたので、公共哲学ネットワーク編『地球的平和の公共哲学——「反テロ」世界戦争に抗して』(東京大学出版会、2003年5月)、小林正弥編『戦争批判の公共哲学——「反テロ」世界戦争における法と政治』(勁草書房、2003年7月)という2冊の書物として刊行された。

(*上記二冊に関しましては、2003年11月末日までそれぞれ特別販売の方を公共哲学ネットワークのほうでさせていただいております。それぞれのリンク先をご参照ください。)

2.地球平和公共ネットワーク

鎌田東二の9・11後の追悼メイルから始まって、2002年から「足の裏で憲法第9条を考える会」(鎌田・西田・小林ら)が作られ、ほぼ毎月会合が開か れている。そして、公共哲学ネットワーク有志と「足の裏…」有志とが、さらに実践的な活動を行うべく、昨年末(1昨年末の会議と同時期)に集まって会議を 行い、2003年元旦にこのネットワークを結成した(趣意書参照)。これは、イラク戦の危機を念頭に置きながら、それに対して、より迅速かつ機能的に実践 的活動を展開するためである。

公共哲学ネットワークと「足の裏で憲法第9条を考える会」の双方のMLを通じて活動を展開している。この双方が協働することによって、各々の特性たる理 性と感性、学問と芸術・宗教という異なった2側面を統合ないし媒介することを目的としている。この趣意書は、小林正弥編『戦争批判の公共哲学——「反テ ロ」世界戦争における法と政治』の巻末付録として収録されている。
学問のタコツボ化が深刻な状況にありそれを打破することが公共哲学運動の目的の一つであるように、現実には研究者と市民との間も分断されているから、こ の問題を打破して、この両者の連携や協働を可能にするのも、この新ネットワークの目的の一つである。いわば、研究者と市民とが、楕円の二つの焦点のよう に、影響しあいながら全体としての協力関係を作る。
また、日本においては、さらには市民運動と市民運動相互の分断状況も深刻なので、様々な運動の連携を図るメタ・ネットワークの試みにも協力して、この問題の克服を目指している。
深刻な状況を認識して、新たに平和運動に関心を持つ若者も増加しつつある。しかし、初めてデモに行ってみると、労組中心だったり、シュプレヒコールなど による闘争的雰囲気になじめなかったりして、失望して帰ってくる場合が少なくない。そこで、「アート・オブ・ピース」(平和の術)を開発し、若者達もなじ めるような「和楽」の運動を構築することによって、新しい平和運動の発展を企図している。
このように、イラク戦を始め「反テロ」世界戦争の危機において、戦争に反対しつつ、隘路に陥っている戦後平和主義の限界を打破し、新世紀にふさわしい新しい平和主義の思想と行動、論理と活動を展開すること——これが地球平和公共ネットワークの目的である。

3.イラク非戦会議

この最初の本格的活動が、一昨年の会議を先例として行われたイラク非戦会議「地球的平和と公共性——イラク戦に抗して」(2月22−23日、於千葉大学)である。
初日は、一昨年の会議同様に、学問的討論を中心にして、「和」の概念を再構成して平和主義を再構築するなど、学際的な「平和公共哲学」の発展のための議 論がなされた。二日目は、そのような議論に加えて、さらに学生・NPOの報告や「アート・オブ・ピース」としての歌や短歌の実演などの芸術的な要素も加 わって、感動的な会議となった。
この会議では、新しい平和運動の思想と行動が議論された。学問と声明との関係が議論され、また研究者とNPOや市民との協力の新しい可能性が拓かれた。
思想的には、「和——平和」という関連を重視することによって、従来の左右対立を超える平和の論理を提起した。また、「地球的平和」「地球的公共性」などの概念によって、戦後平和主義の弱点を補いつつ、新しい平和主義の論理を発展させつつある。
特に「非戦」という概念は、内村鑑三以来の伝統を持ち、「反戦」に比して次のような特色を持つ。①個別的な戦争に対する「反戦」というよりも、戦争の廃 絶と恒久平和の実現という理念を強調する。②左翼的な反戦運動とは異なって、宗教的・芸術的・倫理的な動機や要素を重視する。この概念を核にすることにつ いて、多くの参加者の賛同が得られた。

4.イラク非戦声明

イラク非戦会議の後、その参加者を中心にして戦争反対声明を作成し、HPで公表するとともに官邸・外務大臣・アメリカ大使館に送付した。これは、討議の 他、イスラーム研究・憲法・国際法・政治学など多様な領域の専門家からのアドバイスに基づいて作られており、その意味で本格的な議論に立脚した本格的な声 明である。
「イラク非戦声明——「反テロ」世界戦争から「いのちと平和」を守るために」 ( 呼びかけ人25人、賛同者110人。(4月8日) 2003年2月27日HP掲載・3月20日改訂)

呼びかけ人として福田歓一(東京大学名誉教授・政治学)、山口定(立命館大学、政治学)、武者小路公秀(元国連大学副学長、中部大学、国際政治)、松井 芳郎(名古屋大学、国際法)、賛同者として、石田雄(東京大学名誉教授、政治学)・板垣雄三(東京大学名誉教授、イスラーム研究)・水島朝穂(早稲田大 学、憲法)、八木紀一郎(京都大学、社会経済学)、山内敏弘(一橋大学、憲法)、油井大三郎(東京大学、歴史学)など多くの著名な研究者が加わっている。 そこで、国際政治・政治学・経済学・イスラーム研究・アメリカ研究・憲法・国際法・社会哲学など、関連する諸領域の代表的な研究者が一致して、非戦の訴え を行う。
イラク攻撃に対して日本の研究者が行う反対声明としては、領域的・質的に最大・最高のものの一つであろう。かつての平和問題談話会を想起させるような、 多領域の研究者の分野横断的声明である。イラク非戦会議の参加者が呼びかけ人の中核となり、一昨年の会議への参加者や公共哲学ネットワーク参加者も呼びか け人ないし賛同者となっている。また同時に、NPO関係者・市民なども賛同者に加わっている。
世界的に反戦の運動や世論が高まる中で、研究者と市民とが連携して、最大限の非戦の声を挙げようとする試みである。この声明は小林正弥編『戦争批判の公 共哲学——「反テロ」世界戦争における法と政治』に収録されている。この声明に際して、記者会見を行い(2003年3月5日)、幸い様々な形で報道して頂 いたり、関連の文章を掲載して頂いた(朝日、毎日、信濃毎日、赤旗)。また、『論座』2003年6月号でも、千葉・小林の関連論稿が収録された。外国語版 も作成され、海外の様々な非戦平和ネットワークとリンクを形成する試みも始まった。

5.有事法制反対声明

有事立法が衆議院で自民党と民主党で急遽合意されるに及んで、状況はますます深刻化したので、参議院で成立する直前にHPに「有事関連法案」に反対する研究者・市民アピール(呼 びかけ人7人、賛同者28人。6月1日公表。)を公表し、参議院議員に送付した。既に有事法制の成立は決定的になっていたが、後に「傍観していた」という 悔いが残らないように、公共的な責任感から研究者と市民とが連帯して反対の意思表示を行った。幸い信濃毎日新聞に報道して頂いた。

6.包括的非戦声明

その後、さらに状況が進展し、イラク特措法の成立が決定的になった。ここでイラク特措法に焦点を絞った反対声明を 出すことも考えたが、再び成立直前の公表になるので、今回は中期的に有効な包括的反対声明を出すこととした。そこで、今回は、学問的に公共的責任を果たす べく、時間をかけて論理と文面を練り、研究者の側から公共世界や政治に新しい平和の論理を提示することに努めた。放置しておくと現実化されない論点や争点 を提起するのも、研究者・知識人の公共的役割であろう。
ただ、イラク特措法成立以前に意思表示することも重要だと考えたので、暫定版を特措法成立直前に公表した(7月18日)。
その後、さらに専門家や市民の意見を参考にして改訂を行い、原爆追悼や終戦記念日に合わせて8月19日に公表した。「再び戦争をしてはならない」が最大の主題である。

「反テロ」世界戦争に抗する包括的非戦声明——日本参戦・開戦加担反対と平和の訴え  公表時(8月19日)における呼びかけ人29人(研究者側20人、市民側9人)、賛同者68人(33人、35人)。

admin @ 11月 25, 2009